アメリカはいま――内政と外交・ワシントン最新報告 その5 米側メディアの偏向が日本での認識をゆがめる
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・中間選挙以降、変わってきた民主対共和の対立の構図がトランプ氏起訴でさらに鮮明に。
・共和党が議会に「連邦機関の武器化調査委員会」を設置。民主党による「司法機関を使った共和党いじめ」を調査へ。
・米研究の日本人が依存する米メディアは極端な民主党支持。トランプ氏起訴を歓迎。
下院の議長は共和党でケビン・マッカーシーというカリフォルニア州選出の議員です。この人などはいち早く、今回のトランプ氏の起訴を政治的迫害で、魔女狩りだと糾弾しました。トランプ氏を擁護したのです。
しかし共和党の議員たちが上下両院とも文字通り全員、この起訴に対してはトランプ氏を擁護し、民主党側の地方検事を非難したというのは意外でした。ただの一人も足並みの乱れがなかったのです。
トランプ氏の敵とみなされていたミット・ロムニー氏までがこの起訴を不当だと糾弾したのです。共和党側のこの一致団結は驚きでした。
5番目に注目すべきなのは、議会の構造が今回の起訴を主因として、大きく変わり始めたことです。というよりも、起訴の前からすでに昨年秋の中間選挙の結果として民主対共和の対立の構図が変わってきた流れが、この起訴によってさらに鮮明になった、というのが正確です。
その背景として、下院ではいままで民主党が多数派だったのが逆転しました。アメリカの連邦議会というのは上院も下院も1議席でも多い多数派の政党がほぼ全権を握ってしまうのです。多数派の政党は委員長ポストを全部、取ってしまう。日ごろの議事運営ではその委員長が議題を決めていく、公聴会のテーマを何にするかを決める、公聴会を開くときにどんな証人を呼ぶか、全部決められるのです。法案審議の優先順位も多数派の政党が決められるのです。
ですから、多数派を取るというのは、たとえ議員が1人多いというだけでも、意味は巨大です。多数派を取るか取らないかというのは議会の運営ではきわめて大きい。共和党が今年の1月の議会から多数派を取った下院では、ガラリと変わって、例えば、前回の民主党が下院を取っていたときは、一昨年の1月6日に、大統領選挙の直後に何百人もの暴徒が議事堂に乱入した事件を延々と追及しました。
議事堂に乱入した男女が何百人と捕まっています。民主党側はこれはトランプ氏が煽動したのだと主張して、下院にそのための特別調査委員会を設けました。そしてその特別委員会を舞台にして、3カ月から4カ月ぐらい、毎週毎週、トランプ氏や共和党側にとって不利な証言をする証人を呼んできて、「調査」と称する糾弾活動を続けました。しかし主標的のトランプ氏には結局、何も起きなかったのです。
▲写真:下院司法委員会に設置された「連邦機関の武器化調査委員会」の公聴会に呼ばれ、開会を待つ停職中のFBI特別捜査官(左)と元FBI捜査官(右)(2023年5月18日 米連邦議会)出典:Photo by Alex Wong/Getty Images
今度は逆になったのです。共和党が新しい特別委員会を特定の委員会のなかにつくって、「連邦機関の武器化調査委員会」と名づけました。武器というのはweaponです。武器化するというのはweaponizationという言葉です。共和党側はこの言葉をどーんと正式に出してきました。どういうことかというと、共和党側は民主党側がバイデン政権を主体に司法機関を自分たちの政治的利益のために武器として共和党攻撃に使っている、という主張なのです。
だから、司法省とか検察当局、さらには日本の国税庁に当たる公的な強制徴税力を持つ内国歳入庁(IRS)という機関を使って共和党いじめをしている、という苦情があるわけです。共和党が主導して、この種のことを調査するという特別委員会ができてしまったのです。だから国政の場の風景はいろいろなふうに変わってくる。
しかし、それでもなお、民主党支持者たちはトランプ前大統領が起訴されたことを喜んでいる。さんざん悪いことをしてきたのだから、ついに起訴されたというような主張をニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNテレビ……ちなみに、アメリカの主要メディアというのは、いろいろな国際報道とか、国内のいろいろなキャンペーンで優れた部分はたくさんあるのですが、国内政治の報道になるときわめて強い党派性を発揮します。前述の主要メディアは極端ともいえる民主党支持なのです。
いまあげたような日本人にとって、あるいは、日本でアメリカ問題を研究しているような立場の人たちにとって、もっとも親しみを感じるアメリカのメディア、もっとも依存する度合いの高いアメリカのメディアは、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポスト、つまり極端な民主党びいきの媒体なのです。
**この記事は鉄鋼関連企業の関係者の集い「アイアン・クラブ」(日本橋・茅場町の鉄鋼会館内所在)の総会でこの4月中旬に古森義久氏が「アメリカの内政、対中政策――ワシントン最新報告」というタイトルで講演した内容の紹介です。
トップ写真:ホワイトハウスの報道官が記者ブリーフィングを行う中、会場後方のテレビ画面に映し出された罪状認否に臨むトランプ前大統領の画像(2023年4月4日 米・ワシントンDC)出典:Photo by Kevin Dietsch/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。