ソウル西部地裁への市民の侵入はなぜ起こったのか

朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・尹錫悦大統領が逮捕され、韓国憲政史上初の現職大統領の逮捕となった。
・裁判所の不公平な対応に市民が激怒し、違法行為が発生した。
・逮捕された青年の手記が話題となり、韓国社会の分裂と反国家勢力の影響が浮き彫りになった。
ソウル西部地方裁判所の車恩京(チャ・ウンギョン)部長判事は1月18日、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に対する令状審査を行った。
尹大統領は令状審査に出席し、45分にわたり非常戒厳令の正当性と拘束捜査の不当性を強く訴えた。裁判所はこの訴えを受け入れず、4時間50分後の1月19日午前2時50分ごろに逮捕状を発付した。その理由は「被疑者が証拠隠滅する恐れがある」という極めて素っ気ないものだった。
通常、逮捕状の審査では犯罪容疑が疏明されるか、証拠隠滅や逃走の恐れに対する判断根拠やその理由が提示される。ところが憲法裁判所の弾劾審判に大きな影響を与えかねない現職大統領の逮捕状発布について、ソウル西部裁判所が説明した理由はわずか15文字で1行だった。証拠隠滅の恐れについての理由説明もなく、逃走の恐れや犯罪疏明についても説明がなかった。
現職大統領が逮捕・勾留されるのは憲政史上初めてだ。1980年以来、8人の前職大統領のうち全斗煥(チョン・ドゥファン)、盧泰愚(ノ・テウ)、李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クンヘ)元大統領はいずれも逮捕されたが、全て退任後だった。
尹大統領は、逮捕期限を含め最長で20日間勾留(期限は2月5日)された状態で取り調べを受け、2月6日までに起訴されるかが決まる。裁判所がこれまで有力政治家などの逮捕状を発布あるいは棄却した例と今回を比較すれば、公平性に大きな問題がある。国会が承認した野党共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表の逮捕令状を棄却され、曺国(チョ・グク)には二審で実刑を宣告しながらも法廷拘束はせず、総選挙に出馬し当選する道を開いた。
こうした裁判所の不公平さに激怒した一部市民(若者が半数を占めていた)が西部地裁になだれ込み器物を破壊するなど違法行為を働いた。このソウル西部地裁建造物侵入事件で現行犯逮捕され、21日午後5時頃釈放された青年の手記が、いま韓国で話題を集めている。この手記の中に裁判所侵入の真実が垣間見えるからだ。
以下その手記の全文を紹介する。
<私は愛国者ではありません>
いつからかこの地の「民主」は「共和」を脅かしてきました。これは特定の政党の話ではありません。いつからか私たちの政治は、「何をするのか」悩まなくなりました。持てる資源を「どのように分配するのか」を決めるために汲々としました。多くの意思決定は、私たちの社会を、得をしている集団と損をする集団に分け、すべてに利をもたらすという「共和」理念が民主的権力によって毀損されました。私はこの半分だけの民主共和国をヘル朝鮮と呼んで蔑んできました。私はこの国が嫌いです。
しかし、私は間違っていました。民主的権力の下で容認され、韓国社会の「共和」を脅かした数多くの政策と立法が、事実は反国家勢力の利敵行為によるものでした。私たちの社会は民主的でもありませんでした。これが戒厳を通じて大統領が国民に知らせようとした真実です。
大韓民国は「半分」ではなく「偽」でした。
少数的なものが常に少数ではないように、多数のものも常に多数ではありません。いじめを主導する勢力は(もとは)少数でした。
反国家勢力はまずメディアを掌握しました。政権は税務調査と課徴金を口実に主要人事に介入しました。メディアは、国民が送った公正と信頼の権威を、文化思想的権力に置き換えて情報を統制し、世論を誤導しました。そのようにして少数の加害者は、全社会を沈黙の同調者にし、国家を蝕んでいきました。世代間の分裂を引き起こさせ、個人に自主的成就の代わりに政策的依存を従用し、特定の集団に差別と被害意識を注入してきた大韓民国の恥ずかしい歩みこそがまさに反国家勢力の足跡です。
この国の構成員は、眩しい産業化と誇らしい民主化世代、そして半島史上最高レベルの教育を受けた青年世代です。自信を持って言うと、今日の大韓民国の偏りは、愛国民の民主的意思決定から始まったものではありません。
数十年にわたって国家システムを掌握してきた反国家勢力は、民主主義を麻痺させ、現職大統領を逮捕するに至りました。無条件の権力行使は、必ず、必ず権威を使い果たします。まるで運動エネルギーと位置エネルギーの関係のように、偽ニュースと政治工作を日常化するレガシーメディアは今、権威を失っています。
YouTubeとSNSは真実を流通させ、大統領の支持率は過半数を超えました。弾劾賛成集会と弾劾反対集会の規模の差は数十倍を超えます。偽のニュースは信念を作ることができないからです。寒い冬に市民が街に出てきた理由は、本人が正しいと信じる信念を守り、証明するためです。
実を言うと、自由大韓民国を守護し、この地の民主主義を守るという聖なる信念が先にあったのでは有りませんでした。私は愛国者ではありません。私はただ気分が悪かったのです。
偽りの彼らは民主的権力であるふりをし、社会の構成員を欺きました。私たち個々人を思慮分別できない、奪われた主権を自ら復権できない敗者と規定しました。そうでなければありえない国家簒奪の試みです。反国家勢力は民主主義以前に、私個人の理性と自由意志を冒涜しました。私はその点が我慢できないほど気分が悪かったのです。
私は私が正しいことを主張しようと、不当な権力に抵抗しようと、奪われた主権を取り戻し、再び市民に生まれ変わろうと壁を侵犯しました。疑う余地のない反社会的行動であり、違法行為です。また、逮捕の過程で市民と警察の間で激しい戦いが起こりました。大小の怪我がありました。私は私の行動を後悔します。そして反省します。行動の結果を十分に予測できませんでした。
混乱した時局、大統領を逮捕した公権力の正統性を疑う私には、多分違法行為は予定されたものだったのかもしれません。私はこうした私の疑いを、思想の自由が許す範囲で追求しようとしましたが、そうはできませんでした。
与えられる罰を受け入れます。罰金以上の前科が残るなら、私は瞬間の打撃で多くを失います。
しかし、得たものもあります。私は市民に生まれ変わりました。考え、そして行動しました。これからもそうするでしょう。行動をより熟慮し、徹底的に法を遵守します。
そして私たちみんなが市民になる瞬間が、大統領が望む「第2の建国」です。その時になれば、私は愛国者になります。(翻訳:朴斗鎮)
青年は「私はこの文を米国政治ギャラリーに公開するが、私はこれまで米国政治ギャラリーに投稿とコメントをするなど、継続的に活動したことはない」と伝えた。
青年は「私の違法行為とデモ参加は、特定のコミュニティ、YouTubeチャンネルとは無関係です。この文を共有する目的も、誰かを特定の行為に扇動するためではない」とし「私は私たちの社会構成員が自分で考えて行動してほしい」と話した(毎日経済新聞)。
トップ写真:尹錫悦大統領の支持者が裁判所に侵入した後、破壊されたソウル西部地裁(2025年1月19日韓国・ソウル)出典:Chung Sung-Jun/Getty Images
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統

