バリ島に溢れる中国人観光客の不評
大塚智彦(Pan Asia News 記者)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・バリ島、中国人観光客年率4割増
・日本人観光客は減少傾向
・地元に金落とさぬ中国人観光客、「熱烈歓迎」されず。
インドネシアの世界的観光地バリ島で“異変”が起きている。至るところに出現した中国語の看板、中国レストラン、そして団体行動する中国人観光客たちと今バリ島では空前の勢いで中国ブームが起きている。
世界最大のイスラム教徒人口を擁するインドネシアだが、バリ島はヒンズー教徒が多数を占める島で、イスラム教徒が禁忌とする豚肉料理が堂々と供され、未明から街中に流れるイスラム寺院(モスク)による祈りの声の“喧騒”に悩まされることもない外国人旅行者にとっては「楽園」のような島。日本人観光客も多く訪れているバリ島の「観光地図」が近年塗り替えられているという。
◾️減少傾向の日本人観光客
在デンパサール日本総領事館などによると、バリ島を訪れる日本人観光客は2008年の約35万人をピークに年々減少傾向にあり、2016年は約23万4千人だった。日本航空(JAL)が2010年にバリ直行便から撤退したことに加え、インドネシア各地でのイスラム過激派によるテロの影響などが要因として考えられている。
これに対し中国人観光客は、バリ州観光局統計の「バリ島を訪れた国別外国人観光客数」によれば2015年に68万8,469人だったのが2016年には98万6,926人に増加している。これは43.35%という驚くべき伸び率で、この1年間の急激な増加を裏付けている。
3月8日にバリ州観光局が発表した今年2017年1月の月間統計で、ついに中国人観光客がオーストラリア人を抜いて初めて月間トップとなった。1月にバリ島を訪れた中国人は14万7,928人で外国人観光客総合計の46万824人の実に32.1%を占めて月間1位となったという。昨年1月の来訪中国人観光客7万6,919人に比べても2倍という伸びになり、急速な増加傾向が裏付けられている。
ちなみに2015年、2016年ともに最も多かったのはオーストラリア人で2016年には約113万人となっているほか、2015年から2016年で最も伸び率の高いのはインド人で11万8,678人から18万6,638人と57.26%の伸びとなっている。
一時日本で見られた中国人観光客による爆買いは最近鳴りを潜めており、その要因として中国政府による抑制策と人民元と円の為替の影響と言われている。
バリ島を訪れる中国人の大半が中国の内陸部からの観光客で「南国の海、海岸という風物とともに内陸部ではなかなか食べられない新鮮な海鮮料理が観光の主な目的」(バリ島の日系旅行代理店)という。
◾️満員御礼の「巴里漁港」レストラン
バリ島のングラライ国際空港から湾上に建設された高速道路で約15分、高級リゾートホテルが集中するヌサドゥア地区はランチタイムから中国人観光客を乗せた大型バスで混雑していた。これが夜ともなると、ほとんどのシーフードレストラン(海鮮料理店)は満員御礼状態となる。
幹線道路沿いにひときわ目立つネオンが輝く香港海鮮料理を掲げる大型料理店のひとつ「巴里漁港(バリ漁港)」の店頭には生け簀が並び、水槽の中にはエビ、貝、カニ、シャコ、スズキなどの魚類が泳いでいる。これは「新鮮さ」を売りにしていることをアピールするためだという。夜ともなれば大型観光バスが5台以上乗りつけ、約30の円卓テーブルは満席状態となり中国語が飛び交う大賑わいとなる。
バリ島観光局では「中国からの直行便が増便されており、インドネシアのガルーダ航空も新たな中国路線を開設準備中で当分は中国人観光客ラッシュが続くだろう」と期待を示している。
◾️中国人観光客に地元は冷めた目も
こうした中国ブームの到来にしかし地元のバリ人、既存の旅行代理店、高級リゾートホテルなどは必ずしも「熱烈歓迎」を示しているわけではない。日系大手旅行代理店の幹部は「中国の旅客機で来て、中国人が新たに始めた旅行代理店を通して観光を手配。宿泊も最高級ではない中級ホテルを格安で1部屋2人あるいは3人で利用。お土産物屋も中国人が好む原色の衣服やサンゴなどが並ぶこれも中国人経営の店で済ます」とあまりにも地元にお金を落とさないのが現状と訴える。
日本のように秋葉原で電化製品、大手量販店で衣服や化粧品、健康器具・健康食品などを「爆買い」したような光景はバリ島ではみられない。「爆買い」の対象になる品物がないことが現実だが、高価な赤サンゴの宝飾品や美術品などは売れ筋という。さらにバリ島の不動産購入に積極的な中国人も多いというが、「現状の盛況をみてレストランや土産物屋あるいはホテルで一儲けしようと考えているのではないか」(在バリ島日本人)といわれている。
増え続ける中国人の一方で、日本人観光客は年々減少傾向にあり、現地スタッフを縮小した日系旅行代理店もある。
バリ在留邦人の中には通学などでバイクに便乗する児童がノーヘルメットであることから、「事故の確率の高いバイク、ぜひ安全確保を」と児童用ヘルメットを特注して地域に贈呈するなどバリ島の社会と地域住民に溶け込む努力を続けている人もいる。
こうした日本人を見ているバリ人からは「団体バスで来て一切バリ人と交流することもなく中国語で一方的にしゃべり、買い物をして食事をしていく。嵐のように来て去っていくのが中国人観光客」と評する冷ややかな声が聞こえてくる。島の人々が心から中国人観光客を熱烈歓迎、歓迎光臨とする日は来るのだろうか。
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。