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.国際  投稿日:2017/8/26

インドネシアで麻薬犯射殺急増


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・フィリピンの厳しい麻薬犯罪取り締まりを嫌がり、インドネシアが新たな流通ルートに。

・7月には過去最大級の覚せい剤密輸事件が発覚。

・ジョコ・ウィドド大統領が、犯罪者射殺を命じる異常事態に。

 

フィリピンのドゥテルテ大統領が進めている麻薬関連犯罪の容疑者に対する現場での容赦ない射殺、いわゆる超法規的殺人が最近再び増加傾向をみせている。8月17日には首都圏警察マニラ市本部が大規模な麻薬犯罪取り締まり捜査を実施、24時間で70人を逮捕したが、その一方で25人を殺害した。(写真1)

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▲写真1 イスラム過激派武装組織蜂起で戦闘続くミンダナオ島マラウィを訪れたドゥテルテ比大統領 2017年8月24日 出典:Presidential Communications Operations Office, Republic of Philippine HP

こうしたフィリピン当局の強硬な取り締まりで国際的な麻薬シンジケート、麻薬密売人が新たな東南アジアの市場、流通ルートとして選んだのがインドネシア。そのインドネシアでは今年に入って麻薬犯罪が急増し、それに伴い麻薬犯罪容疑者を現場で射殺する事案も増えている現状で、昨年1年間のすでに3倍に上る事態となっている。

7月13日には首都ジャカルタの西方、バンテン州セラン県アニェルの海岸で台湾人4人が覚せい剤を陸揚げしようとしているのを摘発、2人を逮捕、1人を射殺、1人が逃走した。この際押収された覚せい剤メタンフェタミンの結晶は総量1トンと1回の押収量としてはインドネシア麻薬犯罪史上で最大級のものとなった。(写真2)

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▲写真2 押収された覚せい剤 出典:Amnesty Indonesia HP

その後も芸能関係者などの麻薬使用容疑での摘発が相次ぎ「インドネシアはフィリピンの次の新たな麻薬密売の市場になっている」(ティト・カルナフィアン国家警察長官)と警告する事態となっていた。

麻薬犯罪には厳しい姿勢で臨んできたジョコ・ウィドド大統領も7月21日に麻薬捜査にあたる「国家麻薬委員会(BNN)」や警察の捜査官に対し「捜査の現場で抵抗する犯罪者には躊躇なく発砲し、射殺せよ」と異例の指示を出している。

 

■今年8月までに60人が現場で殺害

こうした大統領自らの「射殺容認指示」もあってか、インドネシアで今年8月までに麻薬犯罪捜査の現場で射殺などにより死亡した容疑者がすでに60人に達している。これは人権団体アムネスティ・インドネシアによる調査結果で、麻薬取り締り当局はこうした具体的な数字を発表していない。

この数字は昨年2016年1年間での同様の死者18人と比較してすでに3倍近い数字となっており、フィリピン型の「超法規的殺人」がインドネシアでも定着しつつある可能性をアムネスティ・インドネシアは指摘している。(写真3)

同組織のウスマン・ハミド代表はメディアに対して「麻薬犯罪がインドネシアで急増していることは深刻な社会問題であることは事実。しかし現場での容疑者の射殺は問題の根本解決にはならない」と当局の強硬策に警戒感を示している。(注1)

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▲写真3 逮捕された麻薬密輸犯 2017年7月13日バンテン州アニェル 出典:TRIBRATANEWS CYBER NETWORK HP

こうした人権団体やマスコミの指摘に対して麻薬取締当局や警察は「現場での容疑者殺害は捜査官の正当防衛や逮捕時の抵抗排除がその主な理由で法律を無視した殺害ではない」と説明している。もっともこうした主張を裏付けることは難しく、実態が正当な武力の行使による殺害なのか、フィリピン流の超法規的殺人なのかは客観的に証明する手立てはいまのところないのが現状だ。

 

■麻薬犯罪に宣戦布告

ジョコ・ウィドド大統領は8月16日に議会で行った国家演説(施政方針演説)の中で麻薬問題に特に触れ「我々インドネシアの若い世代の将来を荒廃させる麻薬とその密売人たちに対して断固としてこれを排除するための戦争をここに宣言する」と麻薬犯罪に対する宣戦布告を行った。(写真4)

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▲写真4 議会で演説するジョコ・ウィドド大統領 2017年8月16日 出典:Secretariat Cabinet, Republic of Indonesian HP

インドネシア当局によると、人口2億5500万人のうち麻薬中毒者、麻薬使用者は6400万人に上るという。かつてインドネシアでは歓楽街やスラムなどでシャブシャブや金魚、スピードなどという名称で覚せい剤や合成麻薬が密売されていた。ところが近年は7月に最大級の量が摘発された覚せい剤のメタンフェタミンの結晶が芸能人や主婦、労働者などの間で流行の兆しをみせているという。

そして最近の麻薬関連犯罪で目立つのが密輸、密売に外国人の関与が多くなっていることだという。7月の大量覚せい剤押収や地方港湾都市での水際作戦で摘発された麻薬密売事件で台湾人、中国人が関与するケースが増えている。

これもフィリピンの強硬策で密輸ルートや密売ネットワークがフィリピンからインドネシアにシフトした影響とみられており、「フィリピンに比べて捜査が手ぬるいとインドネシアが舐められている証拠だ」(BNN関係者)としてある程度の強硬策は仕方ないとの意見が根強いことも事実だ。

インドネシアのこうした最近の麻薬犯罪容疑者の殺害数の増加についてマスコミや人権団体などからは「ドゥテルテ流の荒療治でインドネシアも対処か」「フィリピンスタイルの血の捜査をインドネシアも導入」などと手厳しい批判が起きている。

こうした懸念に国家警察麻薬担当のブディ・ワセソ部長は「フィリピンのドゥテルテ大統領のその目的とするところは評価できるが、その真似をインドネシアはするつもりはない」と明言、これまでもそしてこれからも「超法規的殺人」と称される強硬で一方的な捜査は行わない姿勢を示している。

インドネシアのジョコ・ウィドド政権は現在テロとの戦いという大きな治安問題を抱えているが、その一方で大きな社会問題化しつつある麻薬戦争にも直面するなど厳しい政権運営が続いている。

注1)参考記事 Amnesty Indonesia “At least 60 people were killed along with the surge in shooting numbers of drug traffickers” 

※トップ画像:バンテン州セラン県アニェルの海岸で発覚した麻薬密輸事件。写真中央は摘発された1トンの覚せい剤 2017年7月13日 出典/TRIBRATANEWS CYBER NETWORK HP

(この記事には複数の写真が含まれています。サイトによって全て表示されない場合は、http://japan-indepth.jp/?p=35746でお読みください)


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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