無料会員募集中
.国際  投稿日:2018/3/16

小泉元首相とカーター元米大統領の差


島田洋一(福井県立大学教授)

「島田洋一の国際政治力」

【まとめ】

小泉元首相の森友学園への国有地売却を巡る財務省の決裁文書改竄問題に関する発言は無責任。

・米カーター元大統の発言は、常識的世論を代表しているものが多い。

日本の元首相達は「長老の智慧を象徴する存在」という自覚がない。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真の説明と出典のみ記載されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=38930で記事をお読みください。】 

3月13日のBSフジの番組で、森友学園への国有地売却をめぐる財務省の決裁文書改竄問題に関し、小泉純一郎元首相がこう語ったという。

「(安倍晋三)総理が『私や妻が森友学園に関係あったら、総理も国会議員も辞める』と言った。総理の答弁に合わせないといけないということで、この改竄が始まったと私は見ている。忖度したんだよ。関係あるような書類は全部変えないといけないと思ったんじゃないか。私はそう想像している」。

JB180316shimada01

▲写真 小泉純一郎元首相とアメリカ合衆国元大統領ブッシュ(2006年6月29日) 出典 The White House
 

一部メディアの偏った報道を無批判に受け入れた無責任な放言と言わざるを得ない。元首相ともなれば、床屋談義の感覚で政争に首を突っ込むのではなく、国が無意味な分裂や迷走に陥らないよう、大所高所からの常識論を心掛けるべきだろう。

その点、近時感銘を受けたのは、カーター元米大統領の発言である。カーター氏と言えば、「史上最低の大統領にして史上最低の元大統領」と米保守派が批判してきた存在である。現職時代の内外政策もひどかったが、退任後の独自外交もひどいという意味である。

ところが、そのカーター氏がニューヨーク・タイムズ2017年10月21日付インタビュー で語った内容は、立場を超えて広く常識人を頷かせるものであった。

氏はまず、ロシアとトランプ陣営が共謀したとされる選挙干渉疑惑に関し、「私は、ロシアの行為が選挙結果を左右するほどに票を動かした、あるいは少しでも動かした証拠があるとは思わない」と言い切る。そして、「私たち夫婦は(民主党予備選で)サンダースに投票した」という。すなわち結局のところ、ヒラリー候補に魅力がなかったから負けたというわけである。

続いて主流メディアの報道姿勢に触れ、「メディアは、過去のどんな大統領よりもトランプにきつく当たってきた。何を言っても構わないという感じで、精神異常だ何だと平気で口にする」とその行き過ぎをたしなめる。

さらに全米各地で進む「差別的」な記念像の撤去について、「(南北戦争時の)南部関係者の銅像撤去が続いているが、私にとっては難しい問題だ。私の曾祖父は、ゲティスバーグの戦いを南部側で戦った。私は、ストーン・マウンテン(カーター氏の地元ジョージア州にある。山腹に南軍のリー将軍ら3人の像が彫られている。)に人種差別的意図を感じたことは一度もない。黒人たちの嫌悪感は分かるが、しかるべき説明文が付されていれば問題はないと思う」と語る。

JB180316shimada02

▲写真 ジョージア州ストーンマウンテン 山腹の彫刻 Photo by KyleAndMelissa22 Public Domain

米左翼勢力は、ワシントンジェファーソン「建国の父たち」に関しても、奴隷所有者であったことなどを理由にその顕彰は問題だとする。

JB180316shimada03

▲写真 トーマス・ジェファーソン 出典 Whitehouse portrait gallery

JB180316shimada04

▲写真 ジョージワシントン 出典 パブリックドメイン

一方保守派にとっては、独立宣言を起草したジェファーソン、独立戦争の最高司令官、憲法制定会議の議長、初代大統領を務めたワシントンはまさに保守すべき建国精神のシンボルである。銅像問題の背後には、アメリカという国家の正統性をめぐる尖鋭な政治闘争がある。

なお、奴隷解放と国家統一を象徴するリンカーンについても、解放後の黒人たちをアフリカに戻す案に賛成していたとして、その意識の不十分を批判する声が左翼方面にある。

一方、昨年、像の撤去を巡ってデモ隊同士が衝突、死者を出す騒ぎにもなったリー将軍については、故郷バージニアが南部連合に属したため南軍を率いる運命となったものの、本人は分離運動に強く懐疑的で、戦後は南北の融和に尽くしたと一定の評価を与える史家が多い。

カーター発言は、リベラル派の同志たちに、自国の歴史をより慎重に見つめるよう説いたものと言えよう。

JB180316shimada05

▲写真 ロバート・E・リー将軍像(アメリカ合衆国バージニア州シャーロッツビル) 出典 photo by Cville dog

カーター氏はまた、2016年来、相当数のプロ・フットボール(NFL)選手が、警察の人種差別への抗議などとして、試合前の国歌演奏時に片膝を付いている問題に関し、「彼らは別の形で抗議すべきだと思う。国歌が流れる間はすべての選手が起立している姿を見たい」とも述べる。

JB180316shimada06

▲写真 国家斉唱時に膝を付き抗議するSan Francisco 49ersの選手 2017年10月15日 flickr : Keith Allison

NFLはこの問題の発生以来、保守層を中心に球場離れが続き、テレビ視聴率も顕著に低下した。自身熱烈なファンだったが見なくなったという人気ラジオ・ホストのラッシュ・リンボーは、「白人警官が丸腰の黒人少年を射殺したとのイメージが振り撒かれ、『手を挙げた、撃つな』のスローガンを生んだ2015年のファーガソン事件。これは、メディアによる近年最も成功した嘘だ。私は球場の光景を悲しく思う。選手たちは、嘘に踊らされ、自ら大事な顧客を遠ざけている」と語る(上記事件の「少年」は身長193センチ、体重133キロの18才で、コンビニ強盗後、警官の職務質問を拒否し、更に殴り掛かって拳銃を奪おうとした。警官は不起訴となったが抗議デモ・暴動が発生。州当局が事件を再検証し、黒人リベラル派のホルダー司法長官が指揮したオバマ連邦政府による再々検証も行われたが、いずれも当該警官の行為は正当防衛との結論を出している)

JB180316shimada07

▲写真 ラッシュ・リンボー 出典 Palm Beach County Sheriff’s Office

警察に抗議するのは自由だが、球場において国旗国歌に向かってではなく、別の場で別の形を考えるべきというカーター発言は、ここでも常識的世論を代表したものと言えよう。

元大統領中、国論を分裂させ、国益を損なう言動が最も問題視されてきたカーター氏も、今や長老の智慧を象徴する存在になりつつある。小泉氏に限らず、日本の元首相たちにはおしなべて同様の自覚が足りないのではないか。

トップ画像:カーター元大統領(2002年ノーベル平和賞受賞時) 出典 Carter Presidential Library Official Instagram


この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."