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.国際  投稿日:2018/3/27

米新刊書が裏づけた日本防衛の時代錯誤


森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

・米は、北朝鮮の脅威に対する論評で溢れかえっている。

・安全保障政策センター副所長、フレッド・フライツ氏の新著が注目されている

日本の憲法と防衛は時代錯誤だと本書により裏付けられらた。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=39161でお読みください。】

 

古い表現だが、百花繚乱とでも評そうか。とにかく連日、多様に大量に、噴出してくるという感じなのだ。アメリカの首都ワシントンでの北朝鮮の脅威についての報道、そして評論である。より正確にいえば、北朝鮮の核兵器と長距離弾道ミサイルの脅威に対して、

アメリカはどう対応すべきか、という議論である。

ごく当然ではあろう。なにしろ自分の国の領土に核弾頭を付けた弾道ミサイルが飛んでくるかもしれない、という事態なのだ。超大国、しかも軍事力ではなお他国の追随を許さないアメリカにとって直接の軍事脅威を感じさせられるという経験はごく稀である。

ワシントンでの報道と評論は、まず北朝鮮の脅威の実態の検証に始まる。金正恩国家委員長の「アメリカ西海岸に届く長距離核弾頭ミサイルを完成した」の宣言が果たして、どこまで事実なのか。アメリカの対応は経済制裁の強化で目的を達するのか。韓国や日本はどう動くのか。北の核をなくすにはやはり軍事手段しかないのか。それとも北朝鮮の核武装をもう容認すべきなのか。

このように北朝鮮の脅威についての論評が盛況をきわめるのだ。北朝鮮の核兵器やミサイルが東アジアだけでなく、アメリカ自体の安全を脅かすのだから当然の反応ではあろう。

アメリカ側のこうした調査や分析や提言の類はニュースメディアでは新聞、テレビに始まり、ラジオ、インターネットでの発信となる。より深い考察や論評となると、雑誌論文、そして単行本にまで及ぶ。まさに北朝鮮関連の発信が洪水のようにふんだんなのである。

そんな中で迫りくる北朝鮮の核の悪夢(The Coming North Korea Nuclear Nightmare)と題する最新刊の書が関心を集め始めた。副題は「トランプはオバマの『戦略的忍耐』を覆すためになにをすべきか( What Trump Must Do to Reverse Obama’s “Strategic Patience” )」となっていた。 

筆者は中央情報局(CIA)や国務、国防両省、さらには連邦議会で25年以上、北朝鮮の核兵器や弾道ミサイルの動きを追ってきたフレッド・フライツ氏である。同氏はいま民間研究機関の安全保障政策センター」副所長という立場にある。本書はその安全保障政策センター出版部から刊行された。

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▲写真 フレッド・フライツ氏 出典 Twitter

いまワシントンで多数、目につく北朝鮮関連の書籍や記事類の中で、この本がとくに注目されるのは、私の観察では少なくとも3つの理由がある。

第1は、北朝鮮の核とミサイルの開発の現状や経緯が類書よりずっと詳細に記されている点だった。

フライツ氏はアメリカ政府や軍や脱北者の情報を基に、北朝鮮内部の核やミサイルの施設多数をも不確実部分は不確実という注釈をつけながらも、きわめて具体的に明示していた。そもそもフライツ氏はCIA内部にあっても北朝鮮の大量破壊兵器、とくに核兵器の動向を物理的にモニターして、詳細を把握するという作業を長年、専門としてきたという。

第2は、同書がトランプ政権の北朝鮮政策を読む際に有力な指針となる点である。

フライツ氏はオバマ前政権の8年にもわたる北朝鮮への「戦略的忍耐」政策こそが、北朝鮮側の核やミサイルの開発を許容してしまったと断定する。そのうえでトランプ政権の「最大圧力」の効用を強調する。最悪事態に備えての限定的な予防軍事攻撃の具体的なシナリオをも描いていた。

フライツ氏は今回、トランプ政権の国家安全保障担当の大統領補佐官となるジョン・ボルトン氏の国務次官時代の首席補佐官だった。トランプ路線の支持者なのだ。だから本書の内容はたぶんにトランプ政権の中核の思考と重なりあっているといえるのである。

第3は、日本の視点からだが、同書が日本への北朝鮮の脅威を詳述している点だった。

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▲写真 ジョン・ボルトン氏 photo by Gage Skidmore

▲ジョン・ボルトン氏のTwitter ジョンボルトン氏の国家安全保障担当の大統領補佐官就任を喜ぶツイート

ワシントンでの類書は日本への脅威を論ずることが少ない。だが本書はアメリカ自体を脅かす兵器類とは別に、日本への核やミサイルの脅威もかなり詳しく報告していた。

弾道ミサイルでは短距離のスカッドのうち西日本にも届く数十基に始まり、準中距離のノドン、中距離のムスダン、潜水艦発射のKN11など、みな日本を射程におさめ、その多くが日本に照準を合わせているという。

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▲写真 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が開発した潜水艦発射弾道ミサイル。KN-11。 出典 Center for Nonproliferation Studies

そのうえでフライツ氏は北朝鮮が日本をいかに激しく敵視しているかを説明していた。北朝鮮当局の「日本列島を核爆弾で海に沈める」という昨年9月の言明を引用して、日本が北朝鮮の核弾頭ミサイルの攻撃さえ受ける可能性を指摘していた。

フライツ氏はさらにいまの日本が北朝鮮のこれほどのミサイルの脅威に対しても有効な自衛手段をまったく持たないことへの懸念を表明していた。警告でもあった。そして無防備な日本の状況について次のように指摘していた。

「日本の現憲法は日本に向けての発射が切迫した北朝鮮のミサイル基地を予防攻撃することを許さない。アメリカに向けて発射されたミサイルを日本上空で撃墜することも認めない。憲法9条の規定により、日本領土外の敵は攻撃できず、同盟国を守るための軍事行動もとれないというのだ。日本は自国の防衛を正常化する必要がある

憲法9条に根拠をおく専守防衛、そして集団的自衛権禁止という年来の日本の防衛態勢の自縄自縛が北朝鮮のミサイルの脅威によって明らかな欠陥をさらした、ということだろう。

いまの日本では政府・自民党は北朝鮮のミサイルに対して敵基地攻撃能力の保持は憲法に違反しないという主張を表明し始めた。だが憲法9条の戦力の禁止や交戦権の禁止という明記を一読するとき、日本がいかに自衛のためとはいえ、外国への攻撃能力を持つことは禁止という意味にしか解釈できない。なにしろ憲法9条の不戦の精神をそのまま体現したような「専守防衛」という基本政策はなお健在なのである。

集団的自衛権の行使についても同様である。平和安保法制の発効で集団的自衛権はその一部が特定の条件下では行使できるというようになった。だがまだまだ二重三重の縛りがかかり、全世界の他の諸国が主権国家の自衛では自明の理とする自由な集団的自衛権の行使とは異なるのである。日本は憲法によって自国を守るという国運をかけた活動にさえ、厳しい制約を課しているのだ。

日本の現憲法はいまから72年前の1946(昭和21)年、占領米軍によって書かれた。この当時、憲法9条が課題とした日本の防衛といえば、敵の地上軍が日本領土に上陸してきて初めて活動開始というのが前提の概念だった。現在のように遠方から飛んでくるミサイルが日本の防衛を一気に崩壊させうるという常識は夢想だにされなかった。

だから72年前の戦争や防衛という概念から生まれた規制をいまの国際安全保障情勢に当てはめることは、アナクロニズム(時代錯誤)の極致だろう。日本の憲法と防衛のそんな時代錯誤はいまワシントンで刊行された書によっても裏づけられたといえよう。

トップ画像:Fred Fleitz著「迫りくる北朝鮮の核の悪夢」 出典 安全保障政策センター・プレス


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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