英語で深まる日米柔道交流
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・日米柔道交流では、言葉の役割が意外に大きい。
・金丸雄介氏は投げ技や組み方をすべて自分の英語で説明した。
・共通の言語での直接の意思疎通が交流を一段と深めた。
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私は日米両国間の柔道交流に長年、かかわってきた。自分自身が学生時代、日本で柔道に励み、選手生活を送り、アメリカでの留学や勤務の期間中にも日本の柔道界とのきずなを保ちながら、アメリカ柔道に関与してきたという背景の結果だった。
近年は日本の柔道界の一流の選手やコーチたちがワシントン地区へきてくれて、アメリカ側の選手やコーチたちと交流をしてきた。当然、日本側が指導するという場合が多かった。その種の交流の仲介役を私が務めてきた。
その日米交流では、言葉はあまり問題ではないと思ってきた。日本側の選手たちがとくに英語ができなくても、またアメリカ側の選手たちが日本語を知らなくても、柔道自体が肉体言語の交信の役割を果たすと思ってきた。たしかに柔道の実技や精神は言語が少なくても通じるといえる。場合によっては通訳を使えばよい。
しかし今回は言葉の役割が意外に大きいことを実感した。全日本柔道の男子コーチの金丸雄介氏が3月中旬から4月上旬までワシントン地区を訪れた。ジョージタウン大学ワシントン柔道クラブと海軍士官学校柔道部での指導のためだった。
▲写真 金丸雄介氏 出典 金丸雄介オフィシャルブログ
金丸氏といえば、筑波大学の学生時代から全日本体重別の73キロ級で優勝を重ね、各種の国際大会でもメダルを獲得した名選手だった。2008年の北京五輪に出た後、現役を引退したが、その後は指導側に回り、中量級の一流選手たちのコーチとして輝かしい実績をあげてきた。現在は全日本の男子チームの正式コーチのほかに了徳寺大学の准教授という立場にもある。
だが金丸コーチはこれまで一年間は日本オリンピック委員会の特別海外研修制度でイギリスに滞在していた。イギリスでの柔道の指導や練習にあたったわけだ。その任務を終えて、日本に帰る途中、ワシントンに寄ってくれた。
金丸氏はいま38歳、現役引退からもう10年近く、しかも73キロ級だから身長も170センチほどで、柔道選手としては小柄である。アメリカ側のほとんどの選手よりも小さい。この点はここ数年、日本からワシントンにきた選手たちがみな大柄の100キロ超級だったのとは対照的だった。
▲写真 海軍士官学校の学生に柔道の心構えを解説する金丸氏(中央) 提供 海軍士官学校柔道クラブ
ジョージタウン大学ワシントン柔道クラブでは巨漢も多く、金丸氏の二倍もの体重の130キロぐらいの黒人選手が練習を申し込み、金丸氏をなんとか一度でも投げようと必死で攻撃し続けたが、通じず、逆に金丸氏にみごとに投げられていた。さすが世界級の柔道家である。
その金丸氏が指導の際、投げ技や組み方をすべて自分の英語で説明したのだ。最近の日米交流では日本の一流選手たちがきたが、指導での説明は通訳が入る場合が多かった。それでもなにしろ技術が優れているから、米側からは感謝された。
ただし正確を期すために強調するならば、日本の柔道家でも海外経験が豊かで、国際交流を重視する山下泰裕、井上康生、塚田真希といった指導者たちは英語の水準も高い。みな日本語の通じない外国人たちに英語だけで柔道解説する才を持っている。
だが現役の選手となると、海外の経験もふだんは少なく、英語を勉強する余裕もない、ということだろう。ワシントンでもここ数年、来訪した現役選手たちはアメリカ側の指導にあたっても、英語を使うことはきわめて少なかった。
ところが今回の金丸コーチは現役でこそないが、現役並みの稽古と指導ぶりだった。そしてジョージタウン大学ワシントン柔道クラブでの米側のベテラン選手たちに対しても、海軍士官学校の大学生の男女柔道部員たちに対しても、すべて英語で接し、細かな技術まで英語で説明したのだった。彼の英語は決して立て板に水という流暢さこそないが、きわめて正確、的確で、アメリカ側にはびしりと通じていた。
▲写真 ジョージタウン大学ワシントン柔道クラブで米側選手の技に助言する金丸氏(右) 提供 ジョージタウン大学ワシントン柔道クラブ
そしてアメリカ側の柔道家たちの金丸氏への反応が格段と熱っぽく密になったのに驚かされた。明らかに共通の言語での直接の意思疎通が交流を一段と深めたのだ。アメリカ側の受け手たちが「直接に英語で説明してくれるので、わかりやすい」「彼の英語での解説と実技にはつい引き込まれた」と次々に私に告げるのだった。
金丸氏はイギリスでの1年間の指導滞在中に英語を真剣に学んだのだという。柔道の国際交流でもやはり語学という要素は重要なようだ。
▲写真 ワシントン柔道クラブで女性選手を指導する金丸氏(中央) 提供 ジョージタウン大学ワシントン柔道クラブ
なお金丸氏はイギリス研修期間から家族といっしょだった。その家族がみなワシントンへもやってきて、練習の合間にアメリカ側の選手やその家族たちと親しく交流していた。柔道の国際交流に家族が加わるというのも、いかにもほほえましい情景だった。ちなみに金丸家は夫人の絵里さんと、5歳の双生児の百々香、柚香ちゃん姉妹、3歳の長男の佳史ちゃんがいて、それぞれにアメリカ側との交流を期せずして、という形で果たしていた。
▲写真 海軍士官学校構内での金丸一家 提供 ジョージタウン大学ワシントン柔道クラブ
トップ画像:海軍士官学校柔道クラブで指導する金丸氏(左端) 提供 海軍士官学校柔道クラブ
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。