[神津多可思]<今、必要なことは変化への挑戦>貿易収支・史上最大の赤字拡大の今こそ、変わらねばならない
神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)
2011 年、日本が32年ぶりに貿易赤字に「転落」して以来、貿易収支の赤字拡大がよく話題になる。しかし、貿易赤字そのものは、本来、良いものとも悪いものとも言えない。
たとえば、日本企業が素晴らしいビジネスのアイディアを次々に思い付き、国内の既存の資源だけで経営活動を展開できなければ、それは結局海外からの輸入増加をもたらし、貿易収支は赤字化する。また、引退世代が増え、皆が海外からの利子・配当収入や過去の貯蓄の取り崩しで生活するようになれば、それもやはり輸入増に繋がり、貿易収支は赤字になる。
新しいビジネスが収益を生んでいれば輸入のための資金も稼げることになるし、また自分の資産から生じる収入で輸入しているならば、貿易収支が赤字になっても何の問題もない。
しかし、現在の貿易赤字はだいぶん様相が違う。化石燃料の輸入が増え、電気機器など一部の分野で貿易黒字が顕著に減少した結果であるだけに、事態を深刻に受け止める向きもある。日本企業の輸出競争力が低下し、生活水準の維持に必要な輸入の代金を稼げなくなるのではないかという危惧だ。
他方、海外との間での利子・配当などの支払い・受取りの勘定である第一次所得収支に目を転じると、違う一面も見えてくる。単なる海外債券からの利子収入ではなく、海外への株式投資や直接投資から得られる純所得の黒字は、リーマン・ショック後、ちょうど電気機器分野の貿易黒字が大きく減少を始めたのと軌を一にして着実に増加し始めている。
電気製品等について、もう国内では生産していないので、国内需要が増えれば輸入が増えると言われるが、その際、日本企業の製品が輸入されるなら日本企業の利益につながるはずであり、それは日本企業が海外に設立した子会社等から、こういうかたちで国内に帰ってくることになる。
経済のグローバル化が進展するなかでは、日本企業の活動も複層化し、国内で生産しなくなることが、必ずしも企業活動が衰退することを意味しなくなっている。ただし、そうした場合でも、国内に残る仕事の内容は確実に変わる。
従来の生産活動に直接関係する仕事から、グローバル展開に必要な企業経営上の管理・調整、あるいは多様かつ急速に変わるグローバル需要に対応するための製品・サービスの企画・研究・開発などへと、国内における企業活動の軸足は移っていかざるを得ない。
さらに、国内市場だけに着目しても、「ペティ=クラークの法則」としても知られて来たように、所得水準の上昇に伴って国内の産業構造はモノからサービスへと重心が動いて行く傾向がある。高齢化が速いスピードで進展する社会では、ますますその傾向が強い。国内市場を重視するなら、その変化に対応した経営見直しも不可避だ。
要するに、日本経済の構造はさらに変化し、企業経営もそれに対応して行く必要があるということだ。しかも、その変化はこれまで以上に速いかもしれない。変化とは、不確実性への挑戦であり、リスクをとることだ。したがって、どう変えて行くかの判断は決して容易なものではない。
しかし、日本はここまで豊かになった上に、高齢化という条件の下でさらに豊かになることを目指している。日本経済を取り巻く著しい環境変化をみれば、現状に止まることでそれが実現できようはずもない。
変化への挑戦こそが、今、必要なことだ。3月末決算を踏まえた新年度の事業計画で、さらに大きく飛躍する姿を描いている上場企業は少ない。変化を通じた発展の手応えはどこまで現実のものとなっているのだろうか。そこが気になる。
【あわせて読みたい】
- 日本で経常収支が赤字になると、海外から借りた資金はいったい何に使われるのか? (神津多可思・リコー経済社会研究所 主席研究員)
- <少しずつ改善する世界経済>日本のグローバル企業はどう動くのか(神津多可思・リコー経済社会研究所 主席研究員)
- <いよいよ内戦?ウクライナ危機>脆弱な世界経済が大きく足を引っ張られる危険性(藤田正美・ジャーナリスト/Japan In-Depth副編集長)
- <市民と行政の情報共有>日本を世界最先端IT国家に!オープンデータ・シティを進める福井県鯖江市(野田万起子・インクグロウ株式会社 代表取締役社長)
- <バーバリーと三陽商会>ファッション業界「ライセンスビジネス」の怪(清谷信一・軍事ジャーナリスト)