インドネシア、刃物男教会襲撃 宗教対立激化
大塚智彦(Pan Asia News 記者)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・異教間事件続発の中、またキリスト教会襲撃事件が発生。
・選挙イヤーで起きた事件は大きなニュースに。
・政府が「安心」強調し、沈静化図る背景に広がる“不安”。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はhttp://japan-indepth.jp/?p=38438でお読み下さい。】
インドネシアのジャワ州中部にあるジョグジャカルタ・スレマンにあるカトリック教会で2月11日、ミサの最中に刃物を所持した男が侵入、聖職者や警察官ら4人が負傷する事件が起きた。
犯人は駆けつけた警察官に足を撃たれて病院に運ばれた。命に別状はないが警察では回復を待って犯行動機などの捜査を本格化する。
現時点では犯行の動機や犯人の政治的、宗教的背景などは明確には判明していない。しかし日曜日の朝のキリスト教のミサの時間帯を狙った犯行であることや聖職者や教会関係者を斬りつけていることなどから、キリスト教をターゲットにした宗教に絡む事件との見方が強まっている。
ミサに立ち会っていた目撃者の証言などによると、同日午前7時に始まったミサが約30分経過し、聖職者やミサ参列者が一同に聖歌を歌っている時に、黒いTシャツを着た男が教会内に侵入。長さ約1メートルの日本刀のような刃物を所持しており、教会前部の祭壇近くにいたロモ・エドムンド・プリ―司祭に斬りかかった。
男は教会の前庭で子供と一緒にいた教会関係者に襲い掛かり負傷させたが、子供は無事だったという。インドネシア地元民放テレビ局などが流した、教会内で参列者が撮影した事件の動画には男は何かを叫びながら斬りつけ続け、参列者が後方に逃げる様子が映っている。
襲撃の様子 動画 Twitter:
Machete attack on Sunday morning church service in Yogyakarta. Priest and at at least three others injured. Attacker shot. pic.twitter.com/mOlzODDElQ
— Adam Harvey (@adharves) February 11, 2018
その後の調べでスリヨノ容疑者と身元が判明した男は、駆けつけた警察官の説得にも応じなかったため、警察官に足を撃たれ倒れこんだところを逮捕された。逮捕の際に警察官1人も負傷したという。
インドネシアの各メディアは11日正午前から一斉にこのキリスト教会への襲撃事件のニュースを流しはじめ、死者がいなかったにも関わらず、大きく扱った。
■ 相次ぐ宗教間の事件
マスコミがこの事件に注目する背景には最近インドネシアで続発している異なる宗教間の事件がある。
2018年1月に西ジャワ州バンドンでイスラム教の聖職者が朝の祈りの最中に、暴漢に襲われる事件が起きた。警察は捜査の結果、犯人は精神障害の疑いがある人物で政治的背景はないとの見方を示した。
また2月に入ってからは首都ジャカルタの西郊バンテン州のタンゲランでイスラム教徒の集団が仏教僧を脅迫する事件が起きている。仏教僧が自宅を違法な宗教施設として使用していたことに周辺のイスラム教徒らが騒いだのがきっかけだった。
介入した地元警察が調べたところ、たまたま仏教僧の自宅を訪れた知人の仏教徒と一緒に祈りを捧げただけだったことが判明。マスコミを前に僧侶、イスラム教関係者、警察官が並んで「問題は平和裏に解決した」とわざわざ公表して事態の沈静化を図ったのだった。
こうしたイスラム教徒とキリスト教徒、仏教徒という異なる宗教間での事件は、かつては12月のクリスマスの時期にキリスト教会が襲撃されたり、些細な事件をきっかけにイスラム教徒とキリスト教徒が対立したりする事件がアンボンやカリマンタン、東ジャワなどで頻発していた。しかし、庶民派のジョコ・ウィドド大統領が2014年に就任して以来、大規模な衝突や事件に発展するケースは稀だった。
写真)ジョコウィドド大統領
出典)JokoWidodo Twitter
今回のミサ襲撃をインドネシアのマスコミがこぞって取り上げたのは、今年2018年から2019年にかけてインドネシアは統一地方首長選挙、国会議員選挙、そして大統領選挙と一連の重要な選挙が行われる政治の年であることとは無縁ではない。政治が動く時期には宗教間の問題が大きく影響してくるからだ。
■ イスラム教を無視できない政治情勢
インドネシアは約2億5千万人という世界第4位の人口のうち約88%がイスラム教徒という世界最大のイスラム人口を擁する国である。国家としてイスラム教を国教とはせず、キリスト教、ヒンズー教、仏教なども認めることで民族間の寛容と共存を掲げてきた。
しかし圧倒的多数のイスラム教の教義や規範、指導が政治、経済、社会、文化のあらゆる面で大きな影響力を維持していることも事実。特に政治に関しては、イスラム教徒以外が大統領に就任した例はなく、イスラム政党、イスラム教団体の意向を無視した政治は不可能なのが実情だ。
インドネシアの政治を読み解くカギは「イスラム教の動向」と「軍・警察の治安組織の動き」、それに関する様々な魑魅魍魎、有象無象の情報合戦にあるとよく言われる。
今回のキリスト教会襲撃事件は地方都市での小さな傷害事件である(これまでのところは)。しかしこうした動きが連動して大きなうねりに発展しかねないのがインドネシアであり、インドネシアの政治が動く時期の特徴でもある。
FaceBookやツイッターなどインターネット上のSNSには、イスラム至上主義やイスラム過激主義を喧伝する動画や文言が次第に多くなっている。
その一方でユスフ・カラ副大統領は今年から来年へ続くインドネシアの政治日程に言及して「国民は不安を感じることはない。もう何年もこうした選挙年を我々は経験してきており特別なことではない」と国民に平静をわざわざ呼びかけた。
写真)ユスフ・カラ副大統領
出典)Government of Indonesia
こうして副大統領が国民に不安払しょくを呼びかけざるを得ないということは、つまり国民の間に不安が広がる兆候があるということでもあり、インドネシア政治からますます目が離せないことだけは間違いないだろう。
写真)事件のあったSt. Lidwina Church
出典)Baitallah Indonesia
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。