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.国際  投稿日:2018/7/12

ロイター記者2人を起訴、ミャンマー報道の自由いずこ


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

ミャンマー、ロヒンギャ族虐殺事件を取材した記者2名を起訴。

・司法は公正に機能することなく警察の不祥事発覚を無視。

・スーチー氏政治力発揮せず。ミャンマー民主化、報道の自由依然未熟。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=40972でお読み下さい。】

 

ミャンマーの最大都市ヤンゴンのインセイン郡区裁判所は7月9日、国家機密情報違反容疑で身柄を拘束、約半年に渡って予備審理を続けてきたミャンマー人のロイター通信記者2人を同容疑で正式に起訴し、公判を開始することを決めた。2人は即日起訴された。

最高刑で禁固14年もありうる同容疑で起訴されたのはワ・ロン記者(32)とチョー・ソウ・ウー記者(28)でロイター通信の記者として西部ラカイン州の少数イスラム教徒ロヒンギャ族の問題を担当。2017年からミャンマー国軍によるロヒンギャ族虐殺事件などの人権侵害を詳しく取材していた。

ロイター通信や2記者は当初から「正当な記者活動であり、機密書類所持は警察による完全なでっちあげである」と強く抗議、無実を主張していた。裁判所は同容疑での起訴が妥当かどうかを判断するため参考人による証言などの予備審理を逮捕後から進めてきた。

 

■ 警察官による内部告発の衝撃

2018年4月20日の予審で検察側の証人として出廷した現職警察官モーヤンナイン警部が「2人の記者の逮捕は警察が仕組んだものだった」と突然証言。法廷は混乱に包まれ、警察内部に衝撃が走った。

検察側が「証人は敵対証人であり証人申請を却下する」と直ちに同警部の退廷を求めたが、裁判官は証言続行を命じた。そして同警部は「ロイター記者に機密書類を渡した後に逮捕するよう警察幹部から命令された。逮捕しないとお前が刑務所に行くことになると脅された」と警察によるでっちあげ逮捕であると告発した。

ロイター通信、被告、被告弁護団は「無実が証明された。直ちに釈放を」と同警部の勇気ある告発を歓迎した。しかしミャンマー警察は証言を終えた同警部を「警察官職務執行法」違反で起訴、迅速な裁判で禁固1年(不定期との情報もある)の有罪判決で収監、家族は警察官舎から即刻退去させられた。同警部のその後の消息は一切伝えらえておらず、人権団体からはその安否が気遣われている。

 

■ 2記者の起訴にこだわる事情

裁判所は同警部の証言を「信用に値する」として不起訴の可能性が一時高くなった。それは誰がどう見ても警察の不正が明らかになったからだ。しかしそれでも検察側は「警部の証言はでたらめ」であり、2記者の容疑は明白であるとの立場を崩すこと一切はなかった。そして7月9日の公判で裁判所は2記者の起訴、正式の公判開始を決めた

こうした背景には、2記者を不起訴として機密書類不法所持が証明できない場合①警察の不祥事が明らかになる②2記者が取材していた「ロヒンギャ族10人を虐殺した国軍兵士」の人権侵害が改めて問われる③一貫して有罪を強く主張してきた検察側の信用が失われるーなど国家組織への深刻な影響への懸念が治安当局最高幹部あるいは政府部内に噴出したため、とみられている。

「司法すらもはや公平ではなく、国際社会や国民の正義への期待は大きく裏切られた」と人権団体や支援組織は失望している。

 

■ 解決が見えないロヒンギャ問題

2017年8月25日、ロヒンギャ族が多く居住するラカイン州でミャンマー警察の施設がロヒンギャ武装組織「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA」に襲撃される事件が起きた。

これが契機となり始まったミャンマー国軍による「軍事作戦」は暴行・略奪・放火・虐殺と深刻な人権問題に発展、隣国バングラデシュに難を逃れたロヒンギャ族は約70万人とされ、国際社会からは「民族浄化」であるとの厳しい指弾をミャンマー政府は受けることになった。

▲写真 ARSAによる襲撃のあったマウンド―をパトロールするミャンマー国軍(2017年9月)出典:photo by Steve Sandford

その後バングラデシュ、ミャンマー両政府と国連などの協力で「難民帰還プロジェクト」が合意されたものの、帰還後は移動の自由が大幅に制限されたり、さらなる人権侵害への懸念などから帰還は一向に進んでいないのが現状である。ロヒンギャ問題は依然としてミャンマー政府にとって「頭痛の種」となっている。

▲写真 クトゥパロン難民キャンプから移動させられるロヒンギャ難民 出典:UNHCR  © UNHCR/Roger Arnold

そんな時に国軍兵士によるロヒンギャ族の虐殺の真相が掘り起こされることは当然ながら「歓迎されざる事態」であるだろうことは間違いなく、「不起訴・無罪」に傾きつつあったといわれた裁判所の今回の判断がどうしてそうなったかは容易に想像できるということだろう。

 

■ 薄れるスーチーさんの存在感

予審を通じて同警部の内部告発、裁判官による同警部証言への肯定的発言など「不起訴・無罪」の期待が一時的とはいえ高まったことで同事案は、ミャンマーの民主化を推し測る試金石になるとともに国家最高顧問兼外相のアウンサンスーチーさんの政治力を計るバロメーターとも言われてきた。

▲写真 アウン・サン・スー・チー氏 出典:photo by Claude TRUONG-NGOC

しかし「司法は法の定めに従うべきだ」と従来から原則論を繰り返すスーチーさんはこの件に関しては個別に関与することなく、結果としてミャンマーの民主化はまだまだ途上半ばであること、さらにミャンマーの「報道の自由」は依然として長く遠いそして暗い闇のトンネル内にあることを内外に強く印象付ける結果となった。

トップ画像/連行されるロイター ワ・ロン記者 出典:NPR(2017年7月13日)


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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