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.国際  投稿日:2020/7/23

ロヒンギャ族難民受け入れで明暗


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・ロヒンギャ難民、周辺国の受け入れ態勢に変化。

・マレーシアはコロナ流入を警戒、厳しい入国制限を実施中。

・インドネシア政府は「人道的見地」を強調した対応。

 

ミャンマー政府と治安当局による迫害、人権侵害を逃れるために同国西部ラカイン州に多く住む少数イスラム教徒のロヒンギャ族が故郷を棄てて隣国バングラデシュに陸路避難、70万人以上が難民収容施設での生活を余儀なくされている一方、海路でミャンマー脱出を試みるロヒンギャ族も後を絶たない状況が続いている。

ところがそうした海を渡ってくるロヒンギャ族難民に対する周辺国の受け入れ態勢に変化が起きていることが最近の事案から浮き彫りになっている。

マレーシアは基本的に受け入れ拒否を公言して、ロヒンギャ族が乗った船舶を海上で発見した場合は領海外にえい航するなどして極力入国させないようにしており、すでに着岸してしまった場合はやむなく上陸させるものの、強制収容して「不法入国者」として扱っているという。

これに対しインドネシアの場合は基本的にはマレーシアと同様の対処とされるものの、一般漁民や地元民の要請・協力などでロヒンギャ族難民の保護や上陸が実現するケースが報告されている。そしてその結果インドネシア外務省はロヒンギャ族避難民を「難民として処遇し第3国への移送をも視野に入れて支援しようとしている。

 

■ 状況に劇的変化を与えたコロナ

イスラム教徒であるロヒンギャ族にとって、イスラム教国であるマレーシア、イスラム教国(イスラム教を国教と定める国)ではないものの世界最大のイスラム教人口を擁するインドネシアの両国は地理的位置、海流の関係なども加えて「宗教的」にロヒンギャ族にとってはこれまで「海路による避難先」として有力候補地だった。

ところが状況が一変した。理由は新型コロナウイルスで、東南アジア各国は自国での感染者拡大をどう防止するかで手一杯の状況にあり、国内での蔓延とともに海外から帰国する自国民や外国人によるコロナ流入を極度に警戒して厳しい入国制限を実施している。

そんな状況でロヒンギャ難民をこれまでのように無条件に受け入れることはコロナ対策という保健衛生上からも、それに伴う財政困難という観点からも極めて困難になっているという状況が生まれているのだ。

 

■ 不法入国で禁固、むち打ち マレーシア

AFP通信は7月21日、マレーシアに上陸したロヒンギャ族難民に対してマレーシア司法当局が「不法入国にあたる」との判断を下したことを明らかにした。それによると4月にマレーシア北西部のランカウェイ島に船で着岸して上陸したロヒンギャ族難民202人のうち20人の男性が「不法入国容疑」に問われ、ランカウェイ治安裁判所が禁固7カ月とむち打ち刑3回とする判断を下した、というのだ。

▲写真 ランカウェイ島 出典:Wikimedia Commons; Azreey

「アムネスティ・インターナショナル」などの人権団体や人権活動家からは「命からがら避難してきたロヒンギャ族に対しむち打ち刑という野蛮な行為はただちに中止すべきである」と批判の声がでている。

マレーシアでは4月16日にランカウェイ島沖のマレーシア領海でロヒンギャ族約200人が乗船した船を警戒中のマレーシア空軍機が発見、通報を受けた海軍の艦艇とヘリコプターが現場に急行する事案があった。この時海軍はロヒンギャ族に対し必要な食料を提供して船を領海外まで誘導して「追い返す」という対応を取った。海軍などは「コロナウイルスを持ち込む可能性があったための止むを得ない措置」であると強調、国際社会の理解を求めた。

またその前日4月15日にはバングラデシュ沿岸警備隊がロヒンギャ族の乗船した船舶をベンガル湾で発見、保護した。同船はマレーシアやタイに着岸を拒否されて約2カ月間ベンガル湾を漂っていたとみられ、乗り込んでいたロヒンギャ族約400人を救助したが、60人が死亡していたという。

マレーシアのムヒディン首相は6月26日に「今後ミャンマーからのロヒンギャ族難民の受け入れはできなくなる」として難民受け入れを拒否する姿勢を示し、周辺関係国に通知した。ロイター通信によると同首相は理由としてコロナ感染の予防と国内でのコロナ感染対策を優先させる経済政策のために難民受け入れの資金確保が難しくなっているとの財政的側面を指摘したという。

こうしたことからマレーシアは領海内などで航行中のロヒンギャ族の船舶を発見した場合は必要な援助を与えるものの「着岸、入国を拒否して領海外に誘導」する方針を取っている一方で、発見時にすでに着岸していた場合はやむなく上陸保護するものの、例外措置はあるものの「不法入国者」として扱っている実態が明らかになっている。

 

■ 積極的ではないが庇護方針 インドネシア

こうしたマレーシアの対応に対してインドネシア政府は積極的ではないもののあくまで「人道的見地」を強調した対応を取っている。

6月24日にインドネシア・スマトラ島最北部アチェ州の沖で故障して漂流中の船舶を周辺海域で操業中のインドネシア漁船が発見し治安当局などに通報、保護を要請した。

保護を求めてオーストラリアを目指していたがマラッカ海峡でエンジンが故障してしまったという同船にはロヒンギャ族難民の女性子供30人を含む約100人が乗りこんでおり、インドネシア漁船も協力して近くの海岸に船をえい航してロヒンギャ族を上陸させ、海岸近くのイスラム教の礼拝施設「モスク」に保護した。

報道では地元当局は当初コロナ感染の危険性があるとして上陸拒否を示していたが、地元漁民の要請で最終的に受け入れを決め、ロヒンギャ族全員にコロナ感染の検査を実施、全員の陰性が確認されたとしている。

▲写真 インドネシアのモスク(イメージ) 出典:pxhere

その後インドネシア外務省は「人道的見地から」として当該ロヒンギャ族難民の保護方針を示し、第3国への移送を含めて今後対応することとなった。インドネシア政府は1951年の「難民条約」には加盟していないため、今後の手続きには時間がかかるものの、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と連絡を取り合って進めるとしている。

ジョコ・ウィドド大統領は以前から「同じイスラム教徒」という立場もありロヒンギャ族の支援には前向きで、4月にはロヒンギャ族難民問題を仲介すべくレトノ・マルスディ外相をミャンマーやバングラデシュに派遣している。

その後、インドネシアでのコロナ禍が深刻化する状況を受けてもジョコ・ウィドド政権は「以前のように積極的ではないまでもロヒンギャ族難民を庇護し支援するという姿勢には基本的に変化がない」(外務省関係者)との立場を取り続けている。

マラッカ海峡を挟んだマレーシアとインドネシアのこうした海路避難してくるロヒンギャ族難民への対応の違いが浮き彫りになる中、ロヒンギャ族の脱出は今も続いている。

必死の航海で追い返されたり、上陸しても不法入国者として訴追されたりするケースのあるマレーシアではなくて、ロヒンギャ族難民たちはなんとしてもインドネシアを目指したいところだろう。

しかし、ロヒンギャ族が命を託す船は老朽化した小型船でエンジンの故障も多く、その航路は風任せ、海流任せ、そして神任せ、運任せというのが現状だ。

トップ写真:ロヒンギャ難民キャンプ 出典:Flickr; The Department for International Development (DFID)


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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