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.国際  投稿日:2018/9/28

北朝鮮問題で国連が害になる時


島田洋一(福井県立大学教授)
「島田洋一の国際政治力」

 【まとめ】

・国連は独自の判断で何かを実行する「機関」ではない。

・米英がリビアに核全面放棄迫る中、IAEA「証拠はない」との報告書出した。

・北朝鮮問題でも国連が害になる可能性があり、注意が必要。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=42200でお読み下さい。】

 

国連総会に出席のためニューヨーク入りしたトランプ大統領と安倍首相の間で、9月23日、夕食を交えて3時間に及ぶ意見交換が行われた。有意義だったと言える。

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写真)2018年9月23日、夕食会に臨む安倍首相とトランプ大統領

出典)首相官邸

国連総会そのものについては、かつてジョン・ボルトン米大統領安保補佐官(元国連大使)が、単に酸素と紙を消費するだけの存在」と揶揄したことがある。

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写真)ジョン・ボルトン氏

出典)The White House

確かに、否応なく注目を集める米大統領の演説を除けば、各国首脳の演説は聴衆も少なく、国内向けの政治宣伝以上のものでない場合も多い。むしろ、トランプ・安倍会談のような「サイド」の話し合い、あるいはニュースにならない水面下での折衝の方が重要と言える。これは国連本来の意義を思い起こさせる事実でもある。

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写真)2018年9月25日、国連で演説を行うトランプ氏

出典)The White House

国連はあくまで多国間の折衝を進めるための「フォーラム」であって、独自の判断で何かを実行する「機関」ではない。

前出のボルトンは、国連は役に立つのかと聞かれ、「時々、偶然にも」(Sometimes, accidentally.)と答えている。敷衍すれば、効率的な場(フォーラム)を提供する事務局に徹したとき役に立ち(国連トップの名称が「事務総長」であることを想起したい)、自らが政治的権限を持った機関の如く動き出したとき、しばしば大きな害をなす。

 国連職員には独裁国が送り込んだエージェントも多く含まれる。意思統一を図ろうとすれば内部分裂するため、責任体系はしばしば不明確となる。いくつか問題例を挙げておこう。まず北朝鮮やイランの「核査察」に当たる国際原子力機関(IAEA)である。

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写真)ウィーンにあるIAEA本部

出典)IAEA公式HP

 2003年12月19日、米英から経済的・軍事的圧力を受けたリビアの独裁者カダフィが、核・ミサイルの完全放棄を宣言した。実際その後の3か月間で、核関連物資・ミサイルの海外搬出を完了した。

対リビア交渉を最終盤で率いたロバート・ジョゼフ米国家安全保障会議(NSC)上級部長は、その過程でIAEAに強い不信感を抱いたという。

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写真)ロバート・ジョゼフ氏 2006年9月6日

出典)U.S. State of Department

米英がリビア秘密核開発の決定的証拠を掴み、全面放棄を強く迫っていた丁度その時、IAEAが、リビアの「核兵器開発の証拠はない」との報告書を出した。自己申告施設のみを査察して出した「結論」であった。

間の抜けた話という他ない。いや、事態の進展を阻害しかねない行為であった。IAEAは、米CIAや英MI6、イスラエル・モサドのような強力な情報部門を持たず、加盟国の違反に物理的に対処するような強制力もない。無論これらは欠陥というより国際機関に本来的な限界である。

問題はそうした限界を謙虚に認めるかどうかである。ジョゼフによれば、リビア自身が秘密核兵器開発を認めた後になっても、当時のIAEAトップ、エルバラダイ事務総長(エジプト出身の職業外交官)は、開発内容は低レベルかつ小規模であって特筆すべきものではない」などと自己の報告書に誤りはなかったとの立場に固執した。

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写真)モハメド・エルバラダイ氏

出典)IAEA

ボルトンは、イランの核兵器開発疑惑に関しても、回顧録でエルバラダイの対応を厳しく批判している。国務次官として2003年に面談した際、「イランの活動について、知っていることは知っている、知らないことは知らないと明確にした上発言するよう求めたが、エルバラダイは聞く耳を持たなかった」という。

さらに、「彼(エルバラダイ)は常にイランの側に立ち言い訳を探した。指導部内にいるはずのない穏健派、すなわち核兵器開発に反対するグループを虚空に追い求めた。IAEAの査察官たちが得てきた事実をそのまま報告するのではなく、イランとの取引を常に考えていた」とプロ意識の欠如を批判している。

制裁権限を持つ国連安保理に早く問題を付託するよう再三促したが、エルバラダイは「なお調査が必要」としぶり続けた。安保理に預けた段階で、「メディアのスポットライトが自分に当たらなくなるからだ。典型的に近視眼的な行為だった」とボルトンは言う。

エルバラダイは2009年に退任し、現在は外務省出身の天野之弥が事務総長を務めている。河野太郎外相が繰り返し、「北朝鮮の非核化プロセスでIAEAが中心的役割を担うことを確認」し、「人員や機材等にかかる初期コストを支援する用意」があると表明しているが、注意が必要である。

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写真)天野之弥氏

出典)Department of Foreign Affairs and Trade

間違ってもエルバラダイの轍を踏まぬよう、①北朝鮮のあらゆる疑惑施設への査察要求、②妨害行為はすべて明らかにし、安保理への問題付託をためらわない、という二点をIAEAに対し厳しく求めていかねばならない。

 安保理常任理事国の中国とロシアが確信犯的な制裁の「抜け穴である事は言うまでもないが、ナイーブな進歩派インテリが多い国連事務当局も、テロ国家に利用される存在となりがちである。

 トマス・キンタナ国連北朝鮮人権状況特別報告者もその言動に照らし危うい(アルゼンチン出身の弁護士で、過去にもミャンマーに関する特別報告者などを務めた)。

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写真)トマス・キンタナ国連北朝鮮人権状況特別報告者

出典)トマス氏のTwitter(@tojeaquintana

 中国の北朝鮮レストランから集団脱出して韓国入りした女性従業員12人に聴き取り調査を行ったキンタナは、今年7月10日の記者会見で、「どこへ行くのか知らないまま韓国に来たと話す者もいた」、「自身の意思に反して拉致されたとすれば犯罪とみなすべきだ」、「今後の行き先については、被害者としての本人の意思が尊重されるべきだ」などと繰り返した。

家族を北で人質に取られている彼女らは難しい立場にある。「韓国に行きたかった」と言えば家族は強制収容所送りとなる。「どこに行くのか知らず支配人に連れられて来た」と無難に答える他ない。

彼女らは、韓国でパスポートを取り、中国経由で北に帰ろうと思えばいつでも帰れる。そうしないところに、彼女らの意思を読み取らねばならない。

女性たちの発言を額面通り受け取り、「拉致被害者」扱いした上で、「韓国政府による徹底した真相究明が必要」と力説するような人物が、人権担当官であってはならないだろう。

食料事情視察のため北朝鮮を訪れたマーク・ローコック国連事務次長兼緊急援助調整官(英国出身の援助官僚)も問題である。7月14日の記者会見で、「北朝鮮はここ数年間で、国民への食糧と医療サービスの提供で多くの進歩を遂げたが、行く道はまだ遠く険しい」ので、北朝鮮に食糧・医薬品を支援するよう各国を説得することが国連の最優先課題だと強調した。北の幹部に対し、「核ミサイル生産をやめ、その費用を充てれば国際市場で食糧や医薬品を充分買える。そうせよ。」とは一言も言わなかったらしい。

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写真)2018年2月20日、河野外務大臣を表敬したローコック氏

出典)外務省HP

昔から、飛行機はファーストクラスを使い、接待攻勢を受け、独裁者の期待通りの報告を出す国連幹部を、NGO関係者らは援助貴族と呼び侮蔑してきた。ローコックもその1人と見極めたからこそ、北は「視察」を受け入れたのだろう。国連には日本から相当額の税金がつぎ込まれている。政府はこれら関係者の不見識を厳しく追及せねばならない。

写真)2018年9月23日、夕食会に臨む安倍首相とトランプ大統領

出典)首相官邸


この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

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