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.国際  投稿日:2019/3/29

日本企業は日本ブームに貢献したか~ロンドンで迎えた平成~その3


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

英で日本の伝統文化を伝える難しさ。

・現地スタッフとの言葉の壁を取り払うことを嫌がった日本人駐在員。

・日本人自身が日本文化に関心が薄くなっている。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全部表示されないことがあります。その場合、Japan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=44892でお読みください。】

 

英語習得を目指す日本人をテーマに書かせていただいているが、日本語や日本文化に関心を持つ外国人について考えないわけには行かない。『英国ニュースダイジェスト』という、今もロンドンで現地発行されている週刊日本語新聞で働き始めた頃、「英国の中のニッポン」という連載企画を立ち上げ、自ら取材・執筆した。

この新聞は、タイトルから想像される通り、英国の新聞に載った記事を翻訳・編集して掲載するのがメインであったが、私としては、やはり自分で取材して書く仕事がしたかったのである。

もう少し具体的に述べると、英国にはカラテやジュードーだけではなく、茶道華道、囲碁、将棋といった日本の伝統文化が伝わっており、英国人が中心になって運営されている団体も多い。

そうした団体を取材し、英国人にとって日本文化の一体どのあたりが魅力的なのか、探ってみようという企画であった。昭和末期の、ちょうどバブルの頃の話である。ただ、こうした文化団体は多くが1980年代以前から活動していて、バブル景気のおかげで生徒が増えたとかいう話は聞かなかった

一方で、自分が日本の伝統文化について、いかに無知であったかを思い知らされた。たとえば華道=生け花で、四種類の花を一度に生けてはいけないのだということは、ロンドン・イケバナ・ソサエティーを取材した際に、初めて知ったことである。会員の一人とのやりとりは、今も覚えている。「日本では、他にもこうしたタブーがありますか?」「そうですね。四は死に通じるということで、縁起のよくない数字だとされています」

「だとすると、四人で一緒に食事したりはしないのですか?」

「いえ、それは普通にあることです。夫婦と子供二人で食事する際は、四人でテーブルを囲みますよね」

 ……前回も書かせていただいたが、日本文化を外国人に伝えようとする場合、突拍子もない解釈をされる可能性が常にあり、細心の注意と相応の語学力が求められる。これは本当に、勉強になった。

ショウギ(将棋)・ソサエティに取材に出向いた際は、四番ほど実際に対局した。これでも中学時代は、陸上部と将棋部の両方に入部して変態と呼ばれた男なので、そこそこの自信はあったのだが、結果は1勝3敗。相手が手順前後(本来の手筋とは違う順で指してしまうこと)したおかげで星をひとつ拾っただけであった。

負け惜しみに聞こえることを覚悟して言わせていただくが、あれは到底ヘボ将棋とは呼べないレベルだと思う。

▲写真 ロンドンでの将棋の風景 出典:Shogi London Facebook

 

くどいようだが、インターネットで勉強や対局ができる時代では未だなかったので、さぞや努力して強くなったのだろう。

このショウギ・ソサエティの取材で今でも忘れられないのは、英国内に将棋を普及させるための会報誌を立ち上げたものの、4000ポンド(当時のレートで30万円ほど)の赤字を抱えて休刊に追い込まれた、という話だ。在英の日本企業に幾度も支援を頼んだのだが、取り合ってもらえなかったという。

大前健一氏がどこかで書いておられたが、氏が経営コンサルタントとして働いていた頃、文化事業への出資を進言しても、日本企業の反応は判で押したように、「その金を出したとして、それで我が社にどのようなメリットがあるのですか?」というものなのだとか。

よく分かる。いや、同調はできないけれど、現実はそんなものだろう、とは思う。なにしろロンドンでは、こんな話まで聞いた。ある日本企業とだけいっておくが、ロンドンに赴任してきた若手駐在員たちが、現地採用された英国人スタッフと、エクスチェンジ・レッスンを企画したという。英国人に日本語を教えて、代わりに英語を教えてもらう、というやり方だ。

ところがこれに、古参の駐在員たち(当然ながら上司である)から横槍が入った。又聞きなので真偽のほどは保証しかねるが、「現地人が日本語を覚えると、連中のいるところで雑談もできなくなるし、やりにくくてかなわん」ということであったらしい。

現地採用された従業員(英国人も日本人もいる)を現地人と呼ぶのもそうだが、ロンドン支社を構えておきながら、従業員が言葉の壁を取り払おうとするのを、むしろ煙たがるとは、本当に、なにを考えていたのだろうか。英語コンプレックスの裏返し、で片付けてしまうには哀しすぎる。

▲写真 オープンなコミュニケーションは大事(イメージ) 出典:pexels; rawpixel.com

 

こんなことだから、前シリーズの最期で書かせていただいたように、バブル景気が去った途端に、日本という国に対する関心そのものが急激に薄れてしまう、という結果を招いたのではないか。

海外で武道の修行を続け、教える立場でもあった私は、自信を持って断言できるが、日本文化に対する外国人の関心は、まだまだ高い。けれども同時に、異なる文化で育ってきた人たちに、日本文化をきちんと理解してもらうのは、なかなか大変なことである。障壁も多い。

その、障壁となっているもののひとつが、日本人自身が、日本文化に対する関心が薄くなり、きちんと学んでいない、ということではないか。

そうした態度を棚に上げて、「外国人に日本文化はなかなか理解できないだろう」などと決めつける態度が、一番よくない。自戒を込めて、これが今回の結論である。

トップ写真:イギリス・空手教室 出典:Flickr; Ian Southwell


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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