フィリピンに新たなテロ組織
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・ルソン島北部でイスラム国に忠誠誓う新テロ組織の活動を確認。
・中東でほぼ壊滅のISによるフィリピン拠点化の見方裏付け。
・ドゥテルテ大統領は戒厳令の地域拡大も視野に対テロ作戦。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47480でお読みください。】
フィリピンで国軍が厳戒態勢を取っていることが明らかになった。地元メディアなどが伝えたものでフィリピンのイスラム系過激組織で中東のテロ組織「イスラム国(IS)」に忠誠を誓う一派が、フィリピン国内のキリスト教会を狙ったテロを計画している、との情報が流れているためで、イスラム系組織の主要活動拠点であるフィリピン南部に加えて首都マニラのあるルソン島の北部でも車両や通行人の検問や所持品検査などが実施され警戒を強めている。
東南アジアの人権関連ニュースを発信しているネット・メディアの「ブナ―ル・ニュース」が8月6日にフィリピンの情報機関による情報として伝えたところによると、「ルソンのカリフ制国家の兵士」を意味する「スユフル・カリファット・フィ・ルソン(SKFL)」と称する新たな組織がルソン島北部で活動していることを確認したという。
SKFLはその存在自体があまり知られていない新グループとみられ、キリスト教徒からイスラム教徒への転向者で構成された「ラジャ・ソライマン運動(RSM)」から移籍したメンバーが中心となっていると情報当局は分析している。RSMはかつてのイスラム教テロ組織「アルカイダ」と関係があった組織とされ、フィリピン軍などによる掃討作戦でその指導者とされる人物が殺害され、組織は壊滅に追い込まれた、とみられていた。
ところがその後、そのRSMの残党を再結集する形でSKFLが新たに組織されて活動を開始している模様で、ルソン島北部でテロ攻撃を準備しているとの情報が流れているのをキャッチしたという。
■ テロ攻撃目標はキリスト教教会などか
フィリピン軍や情報機関からの情報を総合するとSKFLがテロ攻撃の標的として狙っているのは北部ルソン島の公共施設とキリスト教教会施設という。
フィリピンでは1月27日に南部スールー州の州都ホロでキリスト教会を狙った爆弾テロが発生し、23人が死亡する事件が起きている。この事件の自爆テロ犯はインドネシア人夫妻とされ、インドネシアからフィリピンに不法入国した後、ISと関係がありミンダナオ島の南ラナオ州・マラウィ市を武装占拠してフィリピン軍と戦闘を続けた「マウテグループ」の後継指導者と連絡を取っていたという。
▲写真 1月27日に爆弾テロのあったキリスト教会(スールー州・ホロ/撮影:2019年1月28日) 出典:Public domain
マウテグループの後継指導者とされるハティブ・ハジャン・サワジャアンはミンダナオ周辺の南部で海路インドネシアやマレーシアから密入国してくるISシンパやIS残党、イスラム過激組織関係者を受け入れて、フィリピン国内での活動に便宜を図っているとされ、治安当局や軍が最重要テロ関連容疑者としてその行方を追っている。
こうしたことからイスラム系テロ組織である「アブサヤフ」や「バンサロモ・イスラム自由戦士」、「マウテグループ」の残党、共産党傘下の「新人民軍」などの反政府活動に加えて、新たなテロ組織の離合集散が進んでいるとみられている。
こうした動きは中東でほぼ壊滅に追い込まれたISが新たに東南アジアに活路を求め、その拠点としてフィリピンを狙っているとの見方を裏付けるものとなっている。
■ 戒厳令の拡大も視野に厳戒態勢
フィリピンでは2017年5月に発生した「マウテグループ」によるマラウィの武装占拠を受けて発布された南部ミンダナオ島地域に対する戒厳令は延長を繰り返し、2018年12月に上下両院合同会議で2019年末までの再延長が承認され、依然として継続されている。
▲写真 2017年5月にマウテグループがマラウィを占拠。写真はフィリピン空軍による空爆で炎上する建物(フィリピン・マラウィ/撮影:2017年6月15日) 出典:Wikimedia Commons; Mark Jhomel
戒厳令下では警察や軍に対し令状なしでの身柄拘束や家宅捜索が可能とする権限が付与されている。このため人権活動団体などはテロ事案とは無関係の犯罪や麻薬事犯に対してもこの特権が乱用される危険があると指摘、早期の戒厳令解除を求めている。
フィリピンではマルコス独裁政権が戒厳令を利用して人権弾圧を行ったことへの悪夢が依然として強いものの、ドゥテルテ大統領の根強い人気がその悪夢をこれまでのところ抑えこんでいるのが現実で、戒厳令反対の運動は限られた一部に留まっている。
ドゥテルテ大統領は情報当局などから得た情報として、ミンダナオ島周辺からテロ活動が他の島に拡散する動きが新グループの組織化とともにみられるとして、北部での警戒を強めながら場合によっては「戒厳令の地域拡大」も視野に入れているという。
▲写真 警察組織関連の記念式典でスピーチするドゥテルテ大統領(ケソン市 2019年8月9日)。戒厳令の対象地域拡大も視野に入れているという。 出典:Presidential Communications facebook
長年政府軍との武装闘争を続けてきた反政府過激組織である「モロイスラム解放戦線(MILF)」や「モロ民族解放戦線(MNLF)」などは自治権拡大などで政府と和平交渉を続けており、ドゥテルテ政権としては和平に応じる用意のある組織とは「停戦による和解」を目指す一方で、徹底抗戦やテロ行為を続ける組織には「軍による掃討作戦で壊滅を目指す」との強硬姿勢を示している。このため、これまでの南部中心の対テロ作戦に加えて新組織、新グループによるテロ封じ込めのためにルソン島北部地域への軍の重点投入による対テロ対策と2正面作戦展開を余儀なくされている。
8月7日の現地紙「フィリピン・スター」によると、ドゥテルテ大統領はマラカニアン大統領官邸で「シリアやイラクでの(ISが起こした)残忍な事件がフィリピンで起きないように神に祈っている」と記者団に語り、新たな対テロ作戦によるフィリピン国内のIS関連組織の早期壊滅とテロ防止を強く訴えた。
トップ写真:爆弾テロの犠牲者を哀悼するドゥテルテ大統領(スールー州・ホロ/2019年1月28日) 出典:Wikimedia Commons; Philippine Information Agency
あわせて読みたい
この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。