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.国際  投稿日:2019/12/19

実は「延長戦」である 速報・英国総選挙2019(下)


林信吾(作家・ジャーナリスト)

 林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・英国下院は二大政党制と言われるが、実は多数の政党がある。

・単純小選挙区制のため、得票率と議席数に乖離が生まれる。

・英国は来年も「合意なき離脱」の危機が再燃する。

 

ここまでのところで、保守党と労働党については、その勝因と敗因を語ってきたが、英国の下院は、二大政党制と言われながら、他にもいくつかの政党が議席を持っている

前回も紹介した自由民主党はじめ、スコットランド国民党や、いわゆる北アイルランド諸派で、かつて爆弾テロなど激しい反英闘争を繰り広げたIRA(アイルランド共和国軍)の政治部門であるシン・フェイン党でさえ、今回、前回ともに7議席を得た。

シン・フェインとはゲール語で「我ら自身」という意味だが、この党の議員は、実は一度も議事堂に登院したことがない。

どういうことかと言うと、これまた前回も紹介した通り、英国議会は未だに「女王陛下の議会」なので、議員は女王に忠誠を誓った上で登院する、という建前になっている。

今では建前だけで、初当選した議員がまず訪れるのは議会職員が控える案内所だが、シン・フェイン党の面々に言わせれば、自分たちはアイルランド統一派の代表で、議席は統一を願う人民から得た信任の証であるから、かつての侵略者である「イングランド王」に忠誠を誓うことなどできない、ということになるわけだ。

▲写真 シン・フェイン党の旗 出典:Flickr; Sinn Féin

こういう議員が生まれるのも、単純小選挙区制のなせるわざで、選挙区によっては1万5000票くらい取れば当選できるため、北アイルランドのカトリック信者が多く住む地域では、かなり強固な地盤を築いているのである。

これに対して自由民主党(以下、自民党)のように、いわゆるインテリ層に支持者が多く、その分、特定の地盤を持たない政党は、全国レベルで毎度10パーセント以上の得票率でありながら、それに見合う数の議席を得ることができない。今回も、得票率11.5パーセントで議席は11(約1.7パーセント)という結果だった。

日本で議員になるためには「ジバン(地盤)、カンバン(看板)、カバン(鞄)」が必要だと言われる。看板は知名度、鞄は資金力のことだが、英国ではとにかく地盤なのだ。

それはさておき、実を言うと私は、今回は自民党が躍進する可能性あり、と踏んでいた。

前回(2017年)の総選挙では12議席にとどまったが、その後のブレグジットをめぐる混迷の中で、ジョンソン首相の強硬な離脱路線に反対して保守党を見限ったり、あるいは追放された議員を糾合して、解散時の勢力は21議席となっていた。この勢いで労働党に代わる残留派の受け皿となれれば、40議席を超えるかも知れない、と考えたのである。ちなみに過去最高は、2001年の52議席

ところが蓋を開けてみれば、前述のように11議席

この予測は記事などの形で公表していなかったので、黙っていれば誰からも責められずに済むのだろうが、やはりJapan In-depthの執筆者たる者は正直でなくてはならない。

林信吾の予測が正しい場合も多いのだが、いつも必ず的中するわけではないし、必ず的中するなどと言った覚えはないと、正直に告白させていただこう。

予想外に伸びなかった自民党に対して、存在感を示したのがスコットランド国民党で、解散前の35議席から48議席へと躍進。これはまあ、想定の範囲内だったが。

もともとEU残留派が多いスコットランドではあったが、今回はジョンソン首相への批判票をかき集めた。自民党初の女性党首であったジョー・スウィンソン前議員も、選挙区はスコットランド中部の東ダンバートンシャーだったが、わずか149票の差で、スコットランド国民党の候補者に議席を奪われている。

▲写真 ジョー・スウィンソン前議員 出典:Flickr; David Spender

ここで再び、得票率の話を。

EU残留派の自民党とスコットランド国民党、それに再度の国民投票実施を公約としていた労働党の得票率を合計すると、47.1パーセントとなり、保守党の43.6パーセントを上回っている。(上)(中)で、今次の総選挙の結果は、ブレグジットを実行すると公約した保守党の勝利と言うよりは、残留派の票をとりこぼしたり、戦略的に議席に反映させることができなかった野党の自滅であると述べたのは、数字の裏付けがある話だったのだ。

私は、ブレグジット騒動の先行きが見通せなかったこの秋、

「五分五分よりもやや高い確率で〈離脱撤回・ジョンソン辞任〉になると思うが、そうならなかった場合は、ひとまず離脱して、比較的早い段階で〈再加盟〉の気運が盛り上がるのではないか」

との予測を開陳していた。

どういうことかと言うと、保守党は離脱後のEUとの関係について、1年以内にFTA(自由貿易協定)を締結する、と公約しているのだが、同時に、新たな貿易関係を構築するまでの移行期間(2020年末まで)については、現行のEUとの協定では2022年末まで延長することが可能であるにもかかわらず、延長しない、と断言している。

つまり、来年1月末に離脱を実行して、その後11ヶ月でFTAの交渉をまとめ上げねばならないわけだが、EUの関係者は口を揃えて、まず不可能だ、と語っているし、日米を含む各国のエコノミストも、大半が「まず無理だろう」としている。

FTA締結と簡単に言うが、個別具体的な貿易品目について、関税を免除するか減額するか、あるいは残すか、本当に当該国で生産されたものであることを、どのようにして保証するかといった交渉プロセスが必要なのだ。

2018年にEUとシンガポールとの間でFTAが発効したが、交渉開始は2014年であった。しかも、この4年という交渉期間は過去最短であって、メルスコール(南米関税同盟。ブラジル、アルゼンチンなどが加盟)との交渉など、驚くなかれ20年を費やしている。

要するに、来年の今頃は、またしても「合意なき離脱」の危機が再燃するわけで、言わばブレグジット騒動は「延長戦」に入っただけなのである。

▲写真 ブレグジット抗議者の旗 出典:Flickr; ChiralJon

もちろん、今や議会で単独過半数を握っているジョンソン政権は、柔軟に法案を修正して行くことも可能である。メイ前首相と同様に「優柔不断」だと非難はされるだろうが。

とどのつまり、ジョンソン首相が「合意なき離脱」を強行し、その混乱の結果、再加盟の動きが盛り上がるとしても、その「比較的早い時期」は、現行の議員の任期が切れる5年後になるという可能性が高く、かつ経済混乱の度合いによりけりだと言える。

そのまた一方では、これもすでに述べたことだが、ブレグジットが実行されると同時に、スコットランド独立問題や南北アイルランド統一問題が再燃するのも、火を見るよりも明らかだ。とりわけジョンソン首相によって切り捨てられた形となった、北アイルランドの諸派は、このまま黙ってはいまい(『まさかの北アイルランド切り捨て』を参照)。

「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として。二度目は茶番として」

という言葉があるが、もしかして来年の今頃、ブレグジット騒動について、私も同じ事を言わなければならないのだろうか。

。全3回)

トップ写真:英国議会で下院議員室 出典:Flickr; U.S. Department of State


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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