コロナ禍、中国南シナ海で攻勢
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・各国が感染対策に追われる中、中国が南シナ海で活動活発化。
・南沙諸島では、中国公船と衝突したベトナム漁船が沈没。
・米が中国に抗議。各国はウイルスでの対中反感と警戒感強める。
フィリピンやベトナム、マレーシア、ブルネイの東南アジア4カ国と中国、台湾がそれぞれに一部島嶼の領有権を主張する南シナ海で一方的にその大半の島の領有権を主張した上に独自に人工島の埋め立てや軍事施設の建設などで「実効支配」を続けている中国が、3月、4月と同海域での活動を活発化させていることがわかった。
日米をはじめ東南アジア各国も新型コロナウイルスの感染拡大を受けて非常事態宣言や夜間外出禁止令などその拡大阻止への対応策で手一杯の状態が続いている。中国はその各国政府のコロナ対策集中の間隙をぬう形で、いってみれば「どさくさ紛れ」で活動を活発化させているため、関係国の間で中国批判が高まっている。
特に南シナ海での中国の一方的な権益拡大を警戒している米国は、国務省が中国への抗議声明を発表するなど強い姿勢を示し、国際社会が直面するコロナ対策に一致して取り組むよう求める事態となっている。
■ベトナム漁船が体当たりされ沈没
4月2日深夜午前零時ごろ、ベトナム中南部のクアンガイ省から出港したベトナム漁船「QNg90617」が南シナ海西沙諸島にあるウッディ島付近で操業中に突然沈没して連絡が途絶える事件があった。
▲写真 ベトナムの漁船(資料写真)。 出典:flickr; Linh Vien Thai
米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」の報道によると、ベトナム政府は翌3日に中国海警局の船舶から周辺海域にいたベトナム漁船に沈没した漁船の乗組員8人が引き渡されたことを確認したという。
中国側の説明によると、沈没した漁船は中国の海域に不法に侵入して違法操業していたところ中国の海警局船舶「4301」と衝突して自沈したと主張。4302艇が直ちに海上のベトナム人漁民を救出して僚船に引き渡したと説明しているという。
ウッディ島は西沙諸島で最大規模の島で中国、ベトナム、台湾が領有権を主張しているが、中国による滑走路などの空軍施設や海事基地の建設が進み、約1000人の中国人が居住して実効支配を続けている。
▲写真 南シナ海西沙諸島ウッディ島(2009年4月9日)出典:Paul Spijkers
こうした中国側の主張に対しベトナム政府は「中国側の船舶が深夜意図的に突っ込んで来て衝突、沈没させられた」として中国側に強く抗議する事態になっている。
■フィリピン支配の島に接近
またそれ以前の3月9日から30日にかけて南シナ海の南沙諸島にある、フィリピンが兵士を駐留させるなど実効支配しているセカンド・トーマス礁と付近の島嶼に中国海警局の船舶「5302」が接近して示威活動を行ったとRFAが4月1日に伝えた。
同礁は中国、台湾、フィリピン、ベトナムがそれぞれに領有権を主張しているが1999年以来フィリピンが実効支配を続けている。
▲写真 南シナ海南沙諸島にあるセカンド・トーマス礁(2001年1月24日) 出典: NASA (Public domain)
中国海警局の「5302」は周辺海域の他の島や礁にも接近するなど活発な活動を繰り返したという。
さらに南シナ海で最大の中国による人工島であるファイアリー・クロス礁の滑走路に特殊な軍用機が着陸するのも確認されたほか、同礁と同じく中国の人工島であるスビ礁でも海事調査拠点と称する海上構築物の建造が進んでいるという。
こうした中国側の動きに対しフィリピンの政治戦略研究所研究員で軍事アナリストのホセ・アントニオ・カストディオ氏はRFAのオンラインサービスである「ブナール・ニュース」に対して「コロナウイルスへの対応にフィリピン政府などが集中している最中のこうした中国の南シナ海での動きは事態を有利にしようとする動きだ」と中国を批判する。その上でこうした中国に対してドゥテルテ大統領が厳しく抗議するかどうかは疑問だとの見方を示し、対中外交で柔軟姿勢を続けるドゥテルテ政権の立場をも批判した。
■米国務省が抗議声明
こうした中国海警局船舶の航行や特殊軍用機の運用といった中国側の活動の活発化、そしてベトナム船舶への意図的と思われる中国艦船による衝突、その結果としての沈没といった強硬手段に対して米国政府が動いた。
4月6日、米国務省のモーガン・オルタガス報道官はベトナム漁船の沈没事件については特定の国を批判することは避けながらも「中国はパンデミックと戦う国際社会を引き続き支援することに力を注ぎ、外国の混乱や弱みを利用したような南シナ海での違法な領有権主張を拡大しないように求める」との声明を発表したとAFPが伝えている。
▲写真 モーガン・オルタガス米国務省報道官 出典:米国務省ホームページ
こうした一連の南シナ海での中国の活動の活発化は中国の習近平政権や海警局などの海事治安当局の強い意図の下で実行されていることは確実といわれている。
このため中国自身がコロナウイルスの対応に全力で取り組みながらも、その一方で周辺国がコロナウイルス問題への対応で苦慮する時期を特に狙ったような今回の一連の南シナ海での行動に対して「中国の底知れぬ野望と悪意が潜んでいる」としてベトナムやフィリピンでは新型コロナウイルス問題での中国への反感に加えて、中国への警戒感がさらに強まろうとしている。
トップ写真:イメージ。南沙諸島で訓練を行う中国海警局の船(2016年11月29日) 出典:行政院海岸巡防署南部地區巡防局
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。