インドネシアに中国人大挙流入
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・インドネシア中国人労働者の入国に地元から不安の声。
・政府は国家的プロジェクトのため、基本的に推進する立場。
・地元からはインドネシア人の雇用機会を奪っていると批判も。
インドネシアのスラウェシ島東南スラウェシ州にある中国系企業で働くために中国人労働者が次々と入国、折からの新型コロナウイルス感染拡大防止でインドネシアは外国人の入国を制限しており、「中国人だけという特例は問題ではないか」「ウイルス感染の心配があるのでは」などと地元州議会や住民から問題視とともに不安の声が上がる事態となっている。
地元メディアなどによると、同州の州都クンダリの空港に6月23日までに中国人156人が到着、入国した。中国人らは同州コナウェ県モロシにあるニッケル精錬の中国系企業「バーチュー・ドラゴン・ニッケル・インダストリー(VDNI)」などに雇用された労働者で、入国に際して全員が外国人専門家労働ビザを取得していたという。
VDNIはステンレス鋼企業「オビシディアン・ステンレス・スティール(OSS)」と共にステンレスとニッケルの精錬工場を設置中でそのために必要な専門技術を持つ労働者として156人が入国したという。
2社ではすでにこれまでに709人の中国人労働者が現場復帰して精錬施設の建設に当たっているという。地元報道などによるとVDNIは「インドネシアで熟練工を探したが該当者が見つからなかったため、中国から専門技術者を派遣させた」としている。
さらに約半年間を予定している精錬施設の工事が終了したら中国人専門家は帰国し、インドネシア人労働者を約3000人雇用する計画である、としてあくまで短期間の工事に従事する中国人の専門労働者であることを強調している。
両社では2019年以来、精錬設備の建設を進めていたが、2020年3月以降のコロナ禍で大半の中国人労働者は一時帰国していたものの、状況が好転したとして順次戻りつつあるという。
これまでに入国してすでに精錬施設の工事に就労している709人に加えて今回到着した156人を含めて最終的には約500人の受け入れを予定しているとしている。
写真)工場での労働(イメージ)
出典)Pexels
★州議会、市民が調査要求
こうした多くの中国人労働者がクンダリから工事現場に続々と入っていることについて同州のアリ・マジ知事はテンポ誌に対して「コロナ禍で低迷する州経済の立て直しにもこの事業は重要である」との観点から中国人労働者の現場復帰を容認する姿勢を示した。同知事はこれまでコロナ感染防止の立場から中国人労働者の入国に反対していた。
しかし州議会や地元住民などはジャカルタの中央政府に対して2点で疑問を呈している。①コロナウイルスの感染拡大対策で現在インドネシでは外国人に対し入国制限を課している最中であるにも関わらず中国人にだけ労働ビザを発給して大量の入国を認めるのは問題ではないか②精錬施設の建設とはいえ最終的な約500人全ての中国人労働者が特殊技能者に付与される外国人専門家労働ビザを得ているのはおかしくないか、である。
このためこれまでに入国した中国人労働者と今後入国予定の中国人労働者の全員に対して「熟練専門労働者」であるのかどうかについて調査をするように政府の入国管理局、あるいはビザを発給した中国にあるインドネシアの在外公館とそれを管轄する外務省などに対して求める方針を示している。
★国家的プロジェクトは例外と政府説明
東南スラウェシ州クンダリでは3月15日にタイ経由で入国しようとした中国人労働者49人の入国を拒否する事案も発生している。この時は3月2日にインドネシア国内で初のインドネシア人コロナ感染者が確認された直後で、中国・武漢から感染が拡大したとの報道に基づき、各国が中国人の入国を制限しようとしていた時期で、同州も入国に反対した結果だった。
しかしその後、ニッケル、スティールの精錬施設の工場稼働を急ぎたいインドネシア政府の思惑が優先して4月後半には中国人労働者の第一陣を受け入れる事態となったという。
こうした状況に対し政府は「中国系企業によるこの事業は将来現地で多くのインドネシア人の雇用を生み出すものである。コロナウイルス対策に最大限の配慮をしながら工事を進めるよう州政府、州議会は協議してほしい」(大統領府報道官)と基本的に推進する立場を明らかにしている。
さらにルフト・パンジャイタン海事・投資調整相の報道官も「国家的プロジェクトに従事する労働者であることから例外的に入国を認めたが、外国人入国に際して求められるコロナウイルス検査などをクリアすることが条件となっており、保健衛生上も問題ない」として、政府が積極的に推進していることを明らかにした。
★中国大使館はコロナ検査万全と
VDNIなどで働く中国人労働者についてジャカルタの中国大使館は24日にオンライン記者会見を開き、インドネシア政府が求めるコロナ感染防止の衛生基準に従った検査を全員が受けてクリアしており、必要な労働ビザも取得していることから「全く問題はない」との見解を明らかにした。
さらに「中国人労働者は出発前のコロナ検査、さらに第三国での検査を実施しており、インドネシア入国に際しては中国人労働者にはメディカルスタッフが同行するなど細心の注意も払っている」としてコロナウイルスの感染への対策は十分とっており、心配や懸念はないと繰り返し強調した。
その上で「この事業によってインドネシアへの技術移転が迅速に進むことが重要である」と事業の継続の重要性を改めて示し、インドネシア国民と地元の理解を求めた。
★問われる大統領の判断
そうした状況の中で中国にあるインドネシアの在外公館で発給された正規の「外国人専門家労働ビザ」を所持した中国人労働者が次々とクンダリに到着している。
写真)ジョコ・ウィドド大統領
出典)ロシア大統領府
地元からは「なぜ中国人労働者ばかりが雇用されるのか」という不満も高まっている。コロナウイルス禍によりインドネシア全土では約640万人が失業の憂き目に遭っている状況で「インドネシア人の雇用機会を奪っているのではないか」と批判の声を上げているのだ。
しかしこれまでもインドネシア国内で活動する中国系企業の多くは「専門技術者が必要」「細かい言葉の問題がある」「中国国内での経験がある」などを「口実」にして、インドネシア人の雇用をなるべく低く抑えて、多くの中国人労働者を本国から送りこむ手法を繰り返し取ってきている。
中国系企業関連の事業が展開する地方ではこうした多くの中国人労働者のために中国料理店や中国雑貨店、はては中国人専用の娯楽施設までできてさながら「小さなチャイナ・タウン」が出現する状況も生まれていると指摘されている。
レストランの料理人、雑貨店の関係者なども全て中国から派遣されるため、地元の雇用どころか地元に中国人労働者が落とすお金もほとんどないのが実状といわれているのだ。
東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国中で感染者数、感染死者数ともに現在インドネシアは1位と最悪の状況が続き、現在もその増加傾向には歯止めがかからないでいる。
そもそもコロナウイルスの「発症地」との報道による反中感情が国民の間で高まる中でのこうした中国系企業によるコロナ渦中にあるインドネシア国民の感情を逆なでするような企業活動はさらなる反発を招こうとしている。親中から等外交にシフトしつつあるとされるジョコ・ウィドド大統領の対応が注目されている。
トップ写真)中国人労働者
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。