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.国際  投稿日:2019/5/24

混迷、インドネシア大統領選


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・ジョコ・ウィドド大統領再選も「選挙無効」を訴え暴動が発生。

・潔さに欠ける陣営の行動に「プラボウォ離れ」が進む。

・両陣営の和解によりインドネシアに生じた分断を修復が最優先。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=45923でお読み下さい。】

 

4月17日に投票が行われ開票集計作業が続いていたインドネシアの大統領選挙は、5月21日未明に選挙管理委員会(KPU)が最終結果を発表し、ジョコ・ウィドド大統領(57)の再選続投が確定した。

これにより、10月の大統領就任に向けて本格的な2期目5年間のジョコ・ウィドド政権が始動することになる。

しかし、対抗馬で元陸軍戦略予備軍司令官、野党「グリンドラ」党指導者のプラボウォ・スビアント氏(67)は「不正に満ちた選挙結果を受け入れない」との立場を表明、ジョコ・ウィドド大統領との対決姿勢を強めていた。

開票結果が伝えられた21日夜から22日にかけてプラボウォ氏を支持する市民やイスラム教組織メンバーが「選挙無効」を訴えて首都ジャカルタのKPU本部あるいは選挙監視庁(Bawaslu)周辺に押し寄せ、警戒に当たる国軍、警察部隊と対峙、石や花火などが飛び交う騒然とした状態となった。

▲写真 プラボウォ・スビアント氏(右)出典:Wikimedia Commons; Partai Keren Sekali

 

■ 暴徒との衝突の中で発砲、死者か

21日深夜には一部が暴徒化し、警察機動隊宿舎が放火され車両が炎上したほか、市内複数地点でタイヤやマット、電線などが燃やされ、治安部隊が催涙弾発射や放水車で対応するなど騒乱状態となった。これまでに6人が死亡、200人以上が負傷し、257人が逮捕される事態となっている。

中心部の目抜き通りや放火のあったタナアバン地区は23日午前も引き続き道路が封鎖されて警戒が続いているものの、清掃車が出て道路を片付けるなど混乱は終息に向かい、日常生活を取り戻しつつある。

6人の死者について警察幹部は「デモ隊が解散した21日午後9時以降、突然現れた100人以上の群衆が暴徒となり、その混乱の中で銃撃されたされているが、当時治安部隊は実弾を装填していなかった」と治安部隊側の発砲を否定。会見では押収した拳銃などの武器を示して「不法に武器を使って混乱を高めようとした正体不明のグループが存在した」との見方を示している。

死傷者が収容された病院関係者も「1人を除き銃弾による死亡ではない」としており、情報が錯綜している。

 

■ プラボウォ陣営の迷走が混乱に拍車

プラボウォ陣営は大統領選を事前予想した各種世論調査を「信用するな」と支持者に訴え、4月17日の投票直後から伝えられた複数の民間機関による「選挙開票速報値」で不利な情勢が出ても「自陣営の独自の集計では60%以上の得票を得ており勝利である」と一方的に勝利宣言して、「プラボウォ内閣」の閣僚名簿を発表するなど迷走した。

▲写真 2019年インドネシア大統領選挙の投票用紙 出典:Wikimedia Commons; AlbaExpat

その後も開票作業を続けるKPUに対し「不正が横行している」と批判、選挙を監督するBawaslu」に不正を訴えるも「証拠不十分」として却下されると、今度は内外のマスコミを「中立ではない偏向報道である」と槍玉に挙げるなど、周囲の全てを敵に回す戦術に「往生際が悪い」「潔さに欠ける」との指摘が陣営内部からも噴出する事態になった。

こうした経緯を背景に、プラボウォ氏支持の野党連合だった「国民信託党(PAN)」がジョコ・ウィドド大統領の勝利を認め、「民主党」の実質的指導者のアグス・ハリムルティ・ユドヨノ氏がジョコ・ウィドド大統領と会談して与党連合入りを示唆するなど「野党離れ」、換言すれば「プラボウォ離れ」の動きも出始めている。

 

■ 候補者同士の和解が今後の焦点

多くの死傷者、逮捕者を出した選挙無効を訴えるデモ、集会はプラボウォ氏の支持者と一部イスラム教急進派メンバーによるとされているが、地元紙などの報道では「金をもらって参加した一般市民が多数いる」とも伝えられ、その実態は不明だ。

2014年の大統領選に続いて敗北したプラボウォ氏だが、ジョコ・ウィドド大統領の得票55.50%に対し44.59%を獲得、その差は11ポイントであり、6865万人の有権者から支持され、34州中13州で優勢だった。

こうした結果を「不正があったため受け入れない」と表明しているプラボウォ氏だが、21、22日の騒乱状態を受けて「暴力的運動はやめて解散し、日常生活に戻ろう」と呼びかけて事態収拾に乗り出した。

選挙結果に不服がある場合は3日以内に憲法裁判所に訴えることが可能で、約1カ月の審査が始まる。

プラボウォ氏は2014年の大統領選でも敗北を受けて同裁に訴え、却下されて敗北が確定した経緯がある。当初「どうせ今回訴えても結果は前回と同じ」と同裁への提訴を拒否していたが、方針を変えて提訴することを表明している。

これは法に基づく手続きに従うことで支持者に冷静な対応を示す範としたいとの思いがあるとみられており、現実的対応に舵を切った証左とみられている。

▲写真 ジャカルタでの選挙風景 出典:Wikimedia Commons; Jeromi Mikhael

今回の大統領選はこれといった政策論争があった訳でなく、現職大統領と野党指導者による「政権の実績アピールと政権批判」というのが論戦の基本的構造で、「人気投票」「現政権の信任投票」の側面が強かったといえる。

そうした観点からすると有権者の44.50%がジョコ・ウィドド大統領に投票しなかったことになり、こうした反対票を投じた国民への対応もジョコ・ウィドド大統領にはこれからの政権運営の中で求められることになる。

今後の焦点はユスフ・カラ副大統領が呼びかけているジョコ・ウィドド大統領とプラボウォ氏の直接会談で、そこで両者が「和解」することが大統領選を巡ってインドネシアに生じた分断を修復する第一歩になるといえ、一日も早い実現が求められている。

トップ写真:再選を果たしたジョコ・ウィドド大統領 出典:Twitter@jokowi


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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