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.国際  投稿日:2020/9/10

経済再開か自粛か 揺れるNY


柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)

【まとめ】

・ニューヨーク州、感染拡大州からの移動に厳しい行政命令。

・レストランも通常営業はできず、63.6%は支援がないと閉店の可能性も。

・失業率は8月には予想を上回り8.4%に改善。

 

アメリカでは9月最初の月曜日はレイバー・デー(今年は9月7日)と呼ばれる祝日で「労働者の日」であるが、土日を入れた3連休で、夏の最後の日、という意味合いが強い。

一般には夏の始まりは「メモリアル・デー」から、と思うので、この3ヶ月強が「アメリカの夏」だったわけだが、レイバー・デーは、5月25日のメモリアル・デーに起きたジョージ・フロイド氏殺害事件からほぼ100日というタイミングでもあった。

コロナ禍のニューヨークにあって、100日前を境に世の中は劇的に変わった気がする。

人間界のことなど関係ないとばかりに咲き誇る、近所の桜並木を眺めていた憂鬱な4月。

仕事で2ヶ月ぶりに乗った地下鉄で、ハリボテの映画のセットと化した誰もいなくなったマンハッタンに向かった5月。

▲写真 2020年4月のセントラルパーク 出典:著者撮影

6月はジョージ・フロイド事件に抗議するBLMデモが盛んに行われ、デモに乗じた暴力も吹き荒れた日々だった。

デモでは感染拡大が懸念されたが、予想に反してニューヨークではその後も感染数は減少を続け、今、ニューヨークは全米でも最低レベルの陽性率(4週間連続で0.9%前後)を維持している。

大部分の州がニューヨークより高い陽性率で、無制限に感染者が流入する事態を懸念したニューヨーク州知事は6月25日、感染拡大州からニューヨーク州に人が移動する場合、申告書を提出した上で、14日間の自己隔離を義務付けた行政命令を出した。申告書の提出を要求された場合、拒否すると2000ドルの罰金、さらに申告内容に虚偽が発覚した場合、追加の罰金が課せられる可能性もあり、陸路でも州境で抜き打ちの検問がある。

ニューヨークを訪れても2週間、自己隔離しなくてはならないのならば多くの観光客は来ない。

これらの制限がニューヨークを訪れる人々に歯止めをかけ、経済再開の足かせになっている面は否定できない。しかし仮に観光客が戻ってきたところで、今のニューヨークはそれをきちんと受け入れる体制にない。

▲写真 誰もいない昼間の5番街にて撮影中の筆者(6月) 出典:撮影・津山恵子

たとえばレストランなどの飲食業だ。

6/22から営業再開が認められたものの、店舗前の歩道や道路等のみでの営業で、その後、7月から期待された店内での営業は、他州で同様のケースで感染が拡大した例があり、今も許可されていない。営業そのものを再開していないレストランも多い。

ニューヨーク市の境の道路の向こうでは同じニューヨークでありながら、市外ということですでに店内での営業が認められている。これを二重基準として、レストランの団体は猛抗議。通常営業の再開や補償を求めて集団訴訟も起こされている。

州知事は店内営業を認めたとしても、安全基準を守ることの実効性に疑問を呈している。これは、すでに店舗外部で営業しているレストランの一部に違反行為が確認されていることも影響していると見られる。違反が摘発されて、営業ができなくなった店も多い。

川一つ隔てたニュージャージー州はこの週末から店内での営業が認められることになった。ニューヨーク市と対象的である。それらの状況や、訴訟を受けて、市長も州知事も近日中に何かしらかの対応策を発表するという。

Eaterというサイトによれば、先日ニューヨークのレストラン協会はレストラン経営者を対象とした調査結果を発表。回答があった1042のレストランオーナーのうちの63.6%が、公的支援を受けられなければ、今年中に閉店する可能性が高い、と回答。また、閉鎖する可能性が高いと回答した店の55%が11月までに店舗を閉鎖することになる、またはなる恐れがある、と回答したという。来年1月までビジネスを続けられると期待しているという回答は全体の36%であった。

事態は想像以上に深刻だ。

マンハッタンからは住人の流出が続いていることに加え、リモート・ワークで通勤する人々も減った。さらに、ニューヨークの血液たる観光客が戻ってこない限り、レストランを通常営業に戻したとしても、どのくらいの数のレストランが生き残ることができるのだろうか。

観光客がニューヨークの血液ならばレストランはそれを受け入れ、潤滑に各臓器に流す血管。臓器はホテルであり、イベントであり、ニューヨークの街そのものでもある。

観光の目玉であるブロードウェイ・ミュージカルは少なくとも年内いっぱいは再開できず

▲写真 3月からの閉鎖で再開を待ってくれるよう呼びかけるカーネギーホールの看板 出典:著者撮影

すでに再開が許可されたホテルは受け入れるべき観光客がおらず苦戦。今後、市内のホテルの20%が閉鎖されるだろう、との報道もある。

だが、明るい話題もある。

秋に向けて、というようなタイミングで、閉鎖されていた動物園、美術館、博物館、一部の観光名所などが相次いで再開。ニューヨークの夏の終りを彩る毎年恒例のUS Openテニスも無観客を条件に2週間の予定で開催された。構造上の問題で営業が許可されていなかった市内のモールも、特殊エア・フィルターを施設の換気設備に装着することを条件に再開が認められ、市民の生活に潤滑油が注入され始めている

▲写真 9月に入って再開したアメリカ自然史博物館。入場制限のため人影は普段の数十分の一 出典:著者撮影

▲写真 無観客試合が行われているUSオープンテニスの会場 出典:著者撮影

街も活気が戻ってきたような印象がある。

朝晩のラッシュ時はそれなりの人の往来があり、車の通行も盛んで、平常な仕事に戻れていない自分は取り残されたような焦りを感じてしまう。

だが、ラッシュ時をすぎると街には人かげがまばらになり、地下鉄内はほとんど人がいない。タイムズ・スクエアなどを除けば観光客もほとんど見かけない。

一時期10数パーセントまで悪化した失業率は、8月には予想を上回り8.4%に改善。状況は良くなってきているように見えるが、秋以降、ビジネスを維持できなくなる会社や店が増えればどうなるかわからない。

先日、取材で知り合った、3月以降ずっと、コロナ患者などの対応にあたっている看護師に話を聞いていた。

彼女はこういった。

「私、いろいろ見てて思うんですけど、もうすぐ、第2波が来るような気がするんです」

コロナ禍を脱したかに見えるニューヨークは今、一番むずかしい舵取りのさなかにいる。

(追記:ニューヨーク時間の9月9日午後、クオモニューヨーク州知事は記者会見を行い、ニューヨーク市内のレストランの屋内営業を9月30日から認める、と発表した。再開にあたっては、客数は最大収容人数の25%まで。来店者は体温の測定と、複数での来店は少なくとも1人の連絡先の提供が義務付け。着席時以外はマスク着用、店のバーカウンターは制限付き、営業は深夜12時まで、などの条件の遵守が求められる。)

▲動画「夏の終わりのNY コロナ禍からの脱出なるか」(Japan In-depth Youtubeより)https://youtu.be/pXeBrNhe1cQ

トップ写真:閉店を余儀なくされたレストラン 出典:著者提供


この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー

1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。

柏原雅弘

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