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.国際  投稿日:2020/10/27

台湾へのミサイル引き渡しはない


文谷数重(軍事専門誌ライター)

【まとめ】

・台湾へのロケット砲、偵察監視ポッド、巡航ミサイルの売却が決まった

・だが、そのうち巡航ミサイルSLAM-ERは引き渡されない

・理由は3つ、中国の反対、米国の政権交代、米中交渉での妥協である

台湾への武器売却が決まった。10月21日に米政府は売却計画を米議会に通知した。その内訳は自走式ロケット砲を11両、巡航ミサイル135発、戦闘機に外付けする監視偵察用の器材6台である。総額は18億ドルと推測されている。

中でも注目すべきは巡航ミサイルだ。計画には航空機から空中発射されるSLAM-ERミサイルが含まれている。その射程は250kmを超える。つまり台湾上空から中国本土をも攻撃できる強力な武器だ。

この巡航ミサイル135発は本当に台湾に引き渡されるのだろうか?

引き渡されない。その理由は次の3つ。第1は中国の売却反対、第2は米国の政権交代、第3は調整材料としての利用である。

中国が反対する

第1は中国の反対である。中国は台北蔡政権への巡航ミサイル売却は許容しない。そのため引き渡しは困難となる。

中国政府はこれまでも武器売却に反対してきた。「ひとつの中国」の原則に抵触するからだ。台湾海峡を挟んだ両岸関係は一応は今でも内戦の状態にある。台湾地区への武器売却は内戦への干渉である。また中国統一の妨害ともなる。

その上で米国が約束を違える事態でもある。

米国は「台湾には防衛用武器しか引き渡さない」としていた。これは米中国交回復に際しての約束である。

だがSLAM-ERはそれを超える攻撃武器である。つまりは約束違反でもある。

また台湾政策の失敗ともなる。

なによりも売却相手は蔡英文政権である。独立志向を隠そうともしていない。また両岸関係つまり内戦に外国勢力を引き込もうともしている。

巡航ミサイル売却はその蔡政権に外交的勝利を与える。「米国は台湾についている」「台湾は中国の反対を押し切って攻撃武器を手に入れた」、そのような成果を挙げさせる形となるのだ。

だから中国は徹底した反対をする。なによりも売却が行われれば指導部は国内外で面目を失う。そのため自国が損をしてでも徹底反対し阻止を図るのである。

▲写真 F-16V。米国は「台湾には防衛用武器しか渡さない」と表明し、また最新兵器も渡さないようにしてきた。例えば戦闘機は一世代前あるいは性能劣化版しか売らない。今度売るのも40年前に開発したF-16の最新型である。F-35は売らない。写真はF-16V戦闘機。 出典:中華民国空軍「F-16V戦機採購均依規画時程執行」

米国の政権交代

第2は米国の政権交代である。新政権はトランプ政権の計画をそのままに実施する義理はない。まず間違いなく対中交渉の材料として利用する。その結果、巡航ミサイルの引き渡しはとりやめとなる。

米国は政権交代の雰囲気にある。米大統領選挙はバイデン候補が優勢となっている。トランプ大統領の再選は難しい。そう見られている。

バイデン新政権はトランプ政権の武器売却をそのまま実行するだろうか?

機械的には実行しない。少なくともそうなる。

武器売却を中国との交渉材料にするからだ。実際に武器を引き渡すかどうか。それにより中国から各種の譲歩を引き出そうとする。

中国はその交渉に乗る。巡航ミサイル引渡は中国や指導部の面目を潰す。それを避けるため交換条件として種々の便益を米国や米新政権に与える。

だから巡航ミサイルは引き渡されないのである。

それで米国も困らない。台湾への武器売却は重要な問題ではない。

もちろん台湾の現状維持は重要である。東アジア政策の根幹だからだ。

だが、そのために無理をして武器を引き渡す必要もない。安定は米国の関与の結果である。また米中関係が維持されている結果でもある。台湾の軍事力により安定しているわけではないのだ。

つまり武器売却は絶対必要な施策ではない。別に売らなくとも問題はない。

米国にとってはリスクでもある。台湾の冒険主義を助長する危険性がある。「台湾には米国がついていて独立を支援している。だから攻撃武器も売ってくれる」、そのように誤解させかねないのである。(*)

▲写真 トランプ大統領。そもそもトランプ大統領も本当に巡航ミサイルを引き渡すつもりがあったかは疑問である。それで交渉と譲歩を引き出すようにもみえるからだ。写真はトランプ大統領のホワイトハウス公式写真。 出典:WIKIMEDIA(撮影:Shealah Craighead)

調整材料として使われる

第3は調整材料としての利用だ。巡航ミサイルは米中交渉における落とし所となる。そのため台湾に引き渡されない。

米中交渉は「引き渡す」「引き渡さない」の二分法とはならない。引き渡す武器の種類や数量で折り合いをつける選択肢もある。

そして、おそらくは巡航ミサイルだけを引き渡さない形で落着する。

売却対象は3種類である。自走式ロケット砲、監視偵察器材、巡航ミサイルだ。

自走式ロケット砲は中国は問題とはしない。陸上戦用の武器である。また攻撃的武器でもない。だからどうでもよい。そう考える。

偵察ポッドの引き渡しもあまり気にしない。重要性は自走式ロケットより高い。ただ、引き渡しても中国の面目は潰れない。所詮は戦闘機につける部品でしかない。

▲写真 自走式ロケット砲HIMARS。キャタピラ式であった従来型のMARSの発射機半分をトラックに載せた武器である。陸上戦用の武器であり別段に攻撃的ではない。建前上、中国は一応反対するが本心ではどうでもよい武器である。 出典:米陸軍写真(撮影:Luke Steward)

だが巡航ミサイルの引き渡しは中国は許さない。それは中国外交の敗北となるからだ。台湾への攻撃武器売却を阻止できなかった。蔡英文政権に政治的勝利を与えた。また台湾独立派に勢いを与えた。そのような失敗とみなされるのだ。

逆に言えば、中国は巡航ミサイルさえ引き渡さなければ妥協する。

また米国側にとっても巡航ミサイル除外は利益を最大化できる選択肢となる。

まず巡航ミサイルを渡さない利益である。それにより中国から政治的、経済的に種々の譲歩を得られる。

また巡航ミサイル以外を売却した利益も得られる。中国に対抗するため台湾に武器を売った形となるからだ。国内向けにはこれも実績となるのである。

(*)米国が望むのはあくまでも現状維持である。中国本土による台湾回収は望まない。そのために努力をする。これは東アジア政策の根幹である。それと同様に台湾独立による東アジアの不安定化も望まない。それにより米中関係が今の外交軍事における対立関係から政治経済を含めた全面的な敵対関係に陥ることは避けたいからだ。これは日本も同じである。

トップ写真:F-18戦闘機に搭載されるSLAM-ERミサイル。左舷中央部に主翼を折りたたんだ形で取り付けられている。なお開発段階の状況である。 出典:米海軍写真/WIKIMEDIAより




この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター

1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。

文谷数重

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