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.国際  投稿日:2020/11/20

印RCEP不参加、中国に対抗


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・RCEP合意も、インドは参加せず。

・主導権を握ろうとする中国への反発、嫌悪感からインドは離脱。

・中国との歴史的背景、安保問題も離脱の一因との見方も。

11月15日、東南アジア諸国連合(ASEAN)の2020年の議長国ベトナムの主導で開催された一連のオンライン会議で、東アジア地域包括的経済連携RCEP)」が合意に達し、ASEAN加盟10カ国、日中韓にオーストラリア、ニュージランドを加えた15カ国の首脳がオンラインで調印。日本からは菅義偉首相が調印式に参加した。

RCEPの交渉はそもそも2011年から始まり、ASEAN首脳会議に合わせて協議が行われたり、行われなかったりと進んできたが、当初から交渉に参加していたインドが2019年11月、タイ・バンコクでの交渉中に突然「交渉離脱」を表明し、今回の最終的な調印にもついに参加しなかった。

このため人口で世界1位となる中国と第2位のインドが参加することで16カ国、擁する人口25万人、名目国内総生産(GDP)という経済規模で世界第2位の中国と第5位のインドという巨大な自由貿易経済圏の誕生はインドの離脱で誕生しなかった。

しかしそれでも中国が存在することで15カ国の貿易額やGDPは世界の約30%を占める結果となり、世界経済への影響力はそれなりに大きいものと期待されている。

このRCEPには当初から世界1の経済大国である米国は参加しておらず、中国と日本、韓国そしてインドを中軸にしてASEAN加盟国との関税障壁撤廃による市場アクセル改善や電子商取引のルール明確化、域内貿易、投資促進などを目指すことで十分に米や欧州の既存経済圏に匹敵することが見込まれた。

しかしインドの突然の交渉離脱が他の15カ国に与えた影響は大きく、2019年11月以降のRCEPの合意に向けた動きは完全に中国の単独主導の様相となった。

▲写真 モディ首相 出典:ロシア大統領府

■RCEP交渉離脱は国益保護、インド

インド離脱の主な原因も実はそうした中国のRCEPに対する姿勢にあるといわれている。

2019年11月の離脱時にインド外務省は「交渉離脱はインドの国益を踏まえた決定である」として国益優先の判断であることを強調した。RCEP合意で中国の安価な製品がインドに流入して自国産業の保護が難しくなることを懸念した結果とみられていた。

当時モディ首相も「国内のサービス業に携わる労働者や農業従事者を保護するために決めた措置である」としてあくまでインド国内の産業、労働者保護が理由であるとの立場を示していた。

ただ、その後の展開などをみていると、インドは交渉の初期段階ではASEANに加えて日韓、オーストラリアが参加していることでRCEP参加メンバーの中でそれなりのリーダーシップをとれると期待していた節がある。

それはインドが抱える人口、マーケット、経済規模などで十分に中国と双璧としての立場を担えるとの観測があったからだと分析されている。

▲写真 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関する各国首脳の集い(2010) 出典:Flickr; Gobierno de Chile

■RCEP交渉で主導権握る中国への反発

ところが2013年の第1回RCE会合から中国が主導権を握る動きをみせはじめ、各作業部会を仕切ろうとする中国の姿勢がインドやASEAN内の親中国カンボジア、ラオスなど以外のメンバーの警戒感が強まったという。

その後交渉は中国への警戒感から順調には進まず2017年までほぼ進展はみられない状況となった。

この間に逆に交渉が進んで調印に漕ぎつけたのが「11カ国による環太平洋パートナーシップ協定(TPP11)」だった。このTPP11 には米は参加していた(2016年の調印後、トランプ米大統領が2017年1月に離脱表明)が、中国はもともと参加していない。

こうした流れが中国をRCEPの早期調印にかき立てなんとしても主導権を握りたいとの姿勢に向かせたのは間違いないといわれている。

そうした中国の自国優先しての主導権に次第に嫌気がさしていたのが共に主導権を分かち合いたいと意図していたインドで、交渉が進むにつれ中国への反発、嫌悪感が現実のものとして膨らみ、交渉離脱を決意するに至ったというのだ。

■領土問題での衝突で死者も 6月

インドはそうでなくても中国との間ではカシミール地方を巡って歴史的に領土問題を抱えており、安全保障の分野でも中国とは「対立関係」にある。こうした歴史的背景、安保問題もRCEP交渉離脱の一因にあるとの見方も有力だ。

実際には今年6月にヒマラヤ山脈地帯のガルワン渓谷でインド、中国の軍隊が直接衝突してインド兵20人が死亡する事態も起きている。この時インド国内では中国国旗を燃やす市民の映像が流れ、インド国民の間に反中が根強く残っていることを内外に印象付けた。

安全保障の面でインドが中国を強く警戒していることは、日米に加えてオーストラリアとインドが加わった「日米豪印(クアッド)」による自由で開かれたインド太平洋」構想への関与でも明らかになっている。

■立ち上がった眠れる獅子

この構想は南シナ海で海洋権益の拡大を一方的に図る中国を牽制するために設けられた新たな枠組みで、最近の菅義偉首相やポンペオ米国務長官によるインドネシア、ベトナム訪問でASEANを取り込む努力が続けられている。

この枠組みに参加するインドにとってはインド、インド洋にまで拡大している中国の現代版シルクロード経済圏構想である「一帯一路」や、海上交通路戦略の「真珠の首飾り」という一方的な権益圏の拡大に一定の歯止めをかけたいという強い動機が働いているといえる。

大国米と対立を深めてきたもう一方の大国中国に、「眠れる獅子」のインドが決然と立ち上がったというのがインドRCEP離脱の真相といえるかもしれない。

トップ写真:東アジア地域包括的経済連携(RCEP)首脳会議 出典:首相官邸




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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