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.国際  投稿日:2020/11/29

比、初潜水艦はフランスから?


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・比が導入方向の潜水艦は仏製の可能性強まる。

・南シナ海で中国と領土問題抱える比にとり潜水艦保有は悲願。

・コロナ禍の中、ドゥテルテ大統領決断迫られる。

フランスの政府系海軍造船企業である「海軍グループ」がこのほどフィリピンの首都マニラに出先機関となる出張事務所を開設する方針であることが明らかになり、フィリピン政府、海軍が長年熱望している潜水艦導入でフランスが最有力候補になる可能性が極めて強くなった。

フィリピンは群島国家であり同時に海洋国家であり、特に南シナ海では中国との間で領有権を巡る争いを抱えており、海軍力の近代化、整備がドゥテルテ政権の喫緊の課題となっていた。

2018年にはフィリピンの国防相が「ロシアあるいは韓国」を念頭にして潜水艦導入計画があることを示唆したものの、その後計画は一向に具体化していなかった。今回フランス製潜水艦導入が実現すればフィリピン海軍としては史上初の潜水艦保有となる。

▲写真 ドゥテルテ比大統領 出典:Rody Duterte facebook

■ 事務所開設は念願への第1歩

フィリピンの主要メディアである「インクワイアラー」は11月26日、フランスの「海軍グループ」が2021年の早い時期にマニラに出先機関となる出張事務所を開設する方針であると伝えた。その上で「これはフィリピンの長年の願いである潜水艦保有に向けた第1歩となるとみられる」との期待を示した。

同報道では、今後フィリピン海軍が導入する可能性が極めて高いのはフランス製「スコルペヌ型の通常型ディーゼルエンジン潜水艦」になるとの見方を伝えている。

「海軍グループ」の関係者は「フランスとフィリピンの海軍能力向上に向けた緊密な協力関係とパートナーシップに基づき、長年の念願を実現する重要なステップとなるだろう」と事務所開設に向けた展望を声明の中で明らかにしている。

東南アジアの潜水艦保有の現状

フィリピンやインドネシアという群島国家、さらにマレー半島とボルネオ島に領土を持つマレーシア、南シナ海に面したベトナムなど東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国には海洋権益保護や海上警戒警備のために海軍力の整備近代化、多角的な運用が求められている国が存在する。

しかし潜水艦となるとシンガポール、マレーシア、インドネシア、ベトナムがそれぞれ新造艦や中古艦を保有しているものの、フィリピンはこれまで保有していなかったという経緯がある。

ASEANの潜水艦保有国の中でシンガポール以外のマレーシア、ベトナムは南シナ海で中国と直接領有権問題を抱え、インドネシアは南シナ海南端のインドネシア領ナツナ諸島の北方海域に広がる排他的経済水域(EEZ)への中国漁船の侵入、不法操業という問題に直面している。

こうしたことから東で太平洋に面し、西で南シナ海に面しながら唯一潜水艦を持たないフィリピン政府や海軍にとって「潜水艦保有」は長年の宿願だった。

「ロシアや韓国」も導入先候補に

2018年6月にはフィリピンのデルフィン・ロレンザーナ国防相が潜水艦導入計画で「ロシアと韓国を視野に入れている」と発言したことが地元紙に報じられた。

▲写真 デルフィン・ロレンザーナ国防相(2018年12月19日) 出典:Joey O. Razon for the Philippine News Agency (public domain)

ロレンザーナ国防相は「海軍近代化プログラムの中で潜水艦を導入する方針を決めた」と改めて強調し「ロシア、韓国そしてそれ以外の国も視野に入れている。潜水艦の建造には5~8年かかるため、なるべく早く発注したい」との意向を明らかにした。

この時もロレンザーナ国防相は「隣国であるマレーシア、シンガポール、インドネシア、ベトナムは潜水艦を保有しているのに、フィリピンだけが持っていない。フィリピンの安全保障のためにも潜水艦は必要だ」として、潜水艦保有への熱い思いを語っていた。

コロナと潜水艦導入と難しい舵取り

「海軍グループ」関係者は潜水艦導入計画が今後具体化すれば「乗組員の教育訓練に加えて潜水艦の運用、修理点検整備など全ての面でフィリピン海軍と協力関係を築くことができる」として全面的にサポートする姿勢を強調している。

ただ、ドゥテルテ政権は他の主要ASEAN加盟国と同様に現在は深刻なコロナ禍とそれに伴う経済不況に直面している。新型コロナウイルスの感染者数、感染死者数ではフィリピンは域内でインドネシアに次ぐワースト2を記録し続けているのが実態なのだ。

こうした未曾有の事態で一般国民がコロナ感染とそれに伴う失業や生活困窮などに喘ぐなか「いくら国防のためとはいえ潜水艦導入を今積極的に進める必要が本当にあるのか」との意見も根強い。

このためドゥテルテ大統領としては、コロナ対策に専念する一方で「潜水艦導入」というフィリピンの長年の夢を実現するために難しい判断が今後求められることになるのだけは間違いないだろう。

トップ写真:比が導入を検討しているとされる「スコルペヌ型潜水艦」 出典:Mak Hon Keong




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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