[神津多可思]<TPPが目指しているものもは何か?>TPPと比較優位・要素価格均等化
神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)
TPP(環太平洋パートナーシップ)協定の交渉が胸突き八丁に差し掛かっているようだ。それぞれの利害が複雑に絡み合う多国間貿易交渉はなかなかまとまらない。ところで、その国際貿易は国々の間でそもそもどのように行われるようになったかを考察する「国際経済学」と呼ばれる経済学の分野がある。
そこで、国際貿易がどう行われるのかパターンを説明する際、「比較優位」という概念が出てくる。簡単に言ってしまえば、どの国も、自分が得意なものを輸出し、不得意なものを輸入するという話である。
製品を作ることを念頭に考えてみよう。製品製造の基本要素は、労働と資本と技術。労働力が豊富で賃金が安い国は、労働力がたくさん必要な製品を生産し、機械設備がたくさんあり先進技術が普及している国は、資本や高い技術を必要とする製品を生産する。
そうして出来た製品をお互いに輸出入することで、当事国がみなより良い状態になる。教科書的にはそういうストーリーだ。そのような得意・不得意の話が「比較優位」の原則として説明される。しかし現実的は、その比較優位が自国・貿易相手国の双方の事情で、かつ時にかなりのスピードで変化する。
たとえばベルリンの壁が崩壊した後、旧共産圏諸国も一挙にグローバル市場へと参入してきた。一番大きな変化の1つの例が中国経済だ。1990年代初頭と現在を比較すれば、日本経済を取り巻く状況の違いは一目瞭然である。
四半世紀の間に、日本における製品製造の比較優位は、中国に代表される新興経済の発展に伴って激変した。相対的に高賃金の日本で生産してもグローバル市場で価格競争力を維持できる製品の種類は1980年代とはまったく違ってしまった。
その変化に伴い国内経済で起こるのが産業構造の変化だ。中国で生産した方が安いものは、次第に日本では作れなくなる。そういう製品を作る産業では、雇用が減少するか、あるいは賃金を引き下げざるを得なくなる。したがって、もし他の分野で比較優位を持つ産業がスムーズに立ち上がらなければ、日本ではどんどん製造業が衰退し、そして賃金も低下していくことになる。
他方、国際経済学の教科書には「要素価格均等化」という概念も出てくる。これは、製品製造のための資本設備や使用する技術について、どの国でも同じものを使える場合には、そこで働く労働者の賃金(=労働という生産要素の価格)は世界中で均等化していかざるを得ないということを意味している。
グローバル化が究極まで進むと、同じ労働をしているなら、どの国にあっても、賃金は同じになるということだ。すぐにそれが実現することはないだろうが、世界はその方向に向かっているようにみえる。
学生としてこれらを初めて学んだ時、漫然とただの理屈にすぎないと受け止めていた。しかし、バブル崩壊後の日本経済を振り返ってみると、これらの理屈によって示唆される経済構造変化の力にずっとさらされてきたのだと改めて感じる。さらに、リーマン・ショック後の欧米経済の状況をみても、やはりその力に押されているのだと思う。
TPPが最終的に目指しているものも、結局のところ「比較優位」の原則の徹底であり、そしてそれは「要素価格均等化」に向けた力をさらに日本経済に作用させて行くはずだ。
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