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.政治  投稿日:2021/8/28

吹っ切れた尾身会長、かすむ菅首相


安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

Japan In-depth 編集部(内橋優斗)

【まとめ】

・尾身会長、積極的にネットメディアに出演、若者へのメッセージを発信。

・国会の委員会でバッハ会長再来日を批判するなど、歯に衣着せぬ物言い連発。

・菅総理は国民に納得感のある対策を自分の言葉で発信すべきではないか。

 

新型コロナウイルス感染症対策分科会尾身茂会長の発言が国民の気持ちを代弁していると感じることが多くなってきた。

今から10日程前の8月17日のこと、聞き覚えのある独特な声が聞こえてくるので何かと思ったら、なんと田村淳氏が司会しているインターネットテレビ「ABEMA Prime」に尾身会長が出演しているではないか。

政治のメッセージが国民に届いていないという認識を示していた尾身会長。こうしてネット番組に出るくらいだから、ご本人は相当な危機感をお持ちなのだろう。筆者に言わせればテレビを見てるのは主に高齢者層なのだから、若者に声が届かないのは当たり前なのだが。。。

番組冒頭尾身会長は、「若い人になかなかメッセージが伝わらないというのが去年の後半ぐらいから、いろんな人から聞いたり、自分もそう思って、ぜひこういう機会があれば、若い、これからの時代を担っていく人たちと、いろんな対話、意見交換ができればいいなと思いました」と述べた。

また、新聞・テレビが連日報道しているにもかかわらず、国民と危機感が共有できない理由について問われると、「もちろん言い方、発信の仕方が下手で改善すべきところがあったと思うが、同時に、どう言っても伝わらないということも何度もあった」としたうえで、「ジャーナリズムにもそれぞれ価値観がある」、「我々の思いとしてはここを伝えたい、しかし相手は我々と同じようには思っていないということがある。そういう部分が非常に難しいと感じた」と述べた。正直な気持ちだろう。

一方、国民への発信は政治家がすべきだとの考えも強調した。尾身会長は、「危機の状況において一番大切で、おそらく一般市民が求めているのは、私の言葉ではなく選ばれた政治家の発信だ。その言葉と行動によって、人々の協力がより得られるかどうかが重要だと思う」と述べた。国民と政府が危機感を共有できないのは、政治家の発信に問題があるとの指摘だ。

また、尾身会長は「去年の秋ごろから何度も『国と自治体のリーダーが一体感をもって市民の心に届くような発信をしていただきたい』と申し上げてきた」とも述べた。確かに、都や首都圏3県の長が政府に物申す場面はかなりあった。一体感は正直感じられない。その辺にも尾身会長の不満があるのだろう。

そうした尾身会長のフラストレーションや隔靴掻痒の思いは、至る所で見ることができる。8月25日の衆議院厚生労働委員会。新型コロナウイルスの子どもへの感染が増える中、尾身会長は、学校が再開されれば感染が拡大し、さらに医療がひっ迫するおそれがあるとして、自治体の判断で、新学期の開始時期の延期も検討すべきだという考えを示した。

尾身会長は、現在の感染状況について「新規感染者の数と医療の逼迫を少し分けて考えた方がいいと思いますけども、今、東京はお盆とか4連休が終わったこともあって、感染拡大のスピードは鈍化しています。ただし、下がる傾向は、まだ全く見えていないので、いつピークアウトするかということはまだ時期尚早だと思います。その上で、医療への逼迫、重症者の数というのは、私はしばらく大変な状況は続くと思います」と指摘した。

その上で、子どもへの感染が増加していることを踏まえ「今感染拡大のスピードは鈍化していると思いますが、また新たに学校が始まってきます。このことで、一度感染スピードが鈍化してもまた感染の拡大があって、さらに医療の逼迫ということもあり得るので、十分注意して効果的で納得のある対策を打っていく必要がある」と述べ、自治体の判断で、新学期の開始時期の延期も検討すべきだという考えを示した。

また、医療の深刻なひっ迫を招いた原因を問われたのに対し「政府の方でさらに改善していただければいいなと思うのは2つあったと思います。それは一つは、感染対策と経済活動と非常に両立が難しいですけど、時々、一定方向にメッセージが集中すればいいんですけど、それが矛盾したメッセージになったということが一つあります。もう一つは、状況の分析です。これについて私ども専門家の分析よりは、時々やや楽観的な状況分析をされたのではないかというのが、これは、危機感というのは、政府は非常に共有していたと思いますけど、そういうところが多少あった。改善すべき点はその2点があったと感じております」とも指摘した。きわめて直截な指摘だ。

さらに、尾身会長は、再来日したIOC=国際オリンピック委員会のバッハ会長について「人々にテレワークを要請している中、バッハ会長のあいさつが必要ならば、なぜオンラインでできないのか。バッハ会長はなぜわざわざ来るのか。銀座も一回行ったんでしょ』と一般庶民としてそう思う」と厳しい口調で述べた。これについては「よくぞ言ってくれた」といった反応がネット上で見られた。尾身会長がリミッターを外した瞬間だった。

▲写真 IOCバッハ会長 東京2020パラリンピックの初日アルジェリアと中国の女子車いすバスケットボールグループBの試合観戦(2021年8月25日) 出典:Photo by Carmen Mandato/Getty Images

また、パラリンピックで行われている児童観戦について、「小学生は(観戦に)行っても感染はしない確率が高いがそこが問題ではない。みんながあれ(自粛)してる時に、子供の教育といっても、(それは後から)いくらでもできる。なんでこの時期に」と述べ、児童観戦が一般の人に間違ったメッセージを伝えることになっているとの考えを示した。

こうした尾身会長の歯に衣着せぬ発言が最近は目立つようになってきた。こうした発言を通して尾身会長が、政府のミスコミュニケーションとリスクマネージメントの稚拙さを指摘しているのは間違いない。

おりにふれ尾身会長がこうしたメッセージを発信しているのに、菅首相には全くその声は届いていないようだ。ウェブメディアに尾身会長が出演するよりは、菅首相本人が出た方がいいに決まっている。

安倍前首相は、ウェブメディアに出るのに熱心だった。動画配信サービスのniconicoを“地上に再現する”をコンセプトとした大規模イベント「ニコニコ超会議」などに出演していたし、炎上したこともあるが、Instagramなどに動画をあげるのも熱心だった。また地上波テレビのニュース番組にもまめに出演していた。菅首相になってからその回数は減った。

▲写真 会見する菅首相(2021年7月30日) 出典:Photo by Issei Kato – Pool/Getty Images

そして8月25日の菅首相の記者会見。例によって原稿棒読み、記者の質問には真正面から答えない。あいも変わらず楽観論を展開する姿にうんざりだった。いつになったら明かりが見え始めるのかを問われても、菅首相はワクチン接種と抗体カクテル療法、2つの武器で戦うことと、人流抑制、病床確保など、従来からの対策を述べるにとどまったが、尾身会長は具体的に四つの対策が必要だ、と述べた。

まず、「人々の協力得られにくくなっている。緊急事態宣言を単に出すことで無条件に問題解決すると思わない方がいい。一般の人に納得してもらえる合理的な対策が重要になってきている」と述べた。私が菅首相だったら、皮肉にしか聞こえない。

そのうえで尾身会長は秋学期に始まる前に、以下の4つの対策を挙げた。

ワクチンを保育所や幼稚園の先生に打ってもらうこと。

健康観察アプリを活用した体調の確認と少しでも具合が悪い人には抗 原検査を行うこと、必要であればすぐに周辺をPCR検査すること。

・大学や高校での特に運動系のフィジカルな接触がある部活動ではクラ ブ活動をやる直前に抗原検査を行うこと。

・大学生に関しては社会人に近い活動量があるため、現在の厳しい時期に限ってはちょっとだけオンライン授業を行ってもらうこと。

どうだろう?これこそまさに首相の口から国民が聞きたいことではないのか?こうした国民に納得感のある対策を国のトップが発信することが重要なのではないか?自分の口から言わずに尾身会長に話させるのはなぜなのか理解できない。どっちが首相かますますわからなくなった一面だった。

(了)

トップ写真:首相会見に臨む尾身会長(右) 2021年7月30日 会見:Photo by Issei Kato – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員

1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。

1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。

1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。

2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。

安倍宏行

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