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.経済  投稿日:2021/10/2

円高は悪?日本企業の円高耐性と生産性の関係


 

神津多可思(公益社団法人 日本証券アナリスト協会専務理事)

「神津多可思の金融経済を読む」

【まとめ】

・円高化の歴史の中で、円高は悪と広く受け止められている。

・購買力平価の考え方からすると、日本円は現在1990年代以降、最も安い圏内にある。

・ 第三国市場での価格競争力を回復していけば、少なくともインフレ率の格差分の円高に対しては耐性を持てるようになるはず。

 

1970年代以降、為替レートは常に日本経済にとって重要な変数だ。そして、これまでの円高化の歴史の中で、円高は悪と広く受け止められている

■半世紀にわたる円高化の傾向

1971年8月、当時のニクソン米国大統領により、米国ドルの金兌換が停止された。これによって、第2次世界大戦後の国際金融の枠組みだったブレトン=ウッズ体制が崩壊し、その年の12月、ワシントンのスミソニアン博物館での会議で、円ドルの固定相場はそれまでの360円から308円へと変更された。しかしそれも1973年2月までのことで、以来、変動相場制の下で時々刻々為替差相場は動いている。

当時、国際通貨基金(IMF)でもこの変動相場制というのは安定した制度ではないと認識されていたようだ。その後の新しい国際通貨制度を模索する会議の名前は「暫定」委員会と称された。それから約半世紀、固定相場は復活せず、日本経済は時として大きく円高方向に動く為替レートに悩まされ続けてきた。

これまでの傾向的な円高の進行と、加えて時として短期間で大きく円高が進行した経験があるため、日本では円高は悪ということになっている。確かに、日本企業の経営者にしてみれば、業績は円建てで示さなければならないし、利益を出すために製品の製造原価を1円削るのは本当に大変だ。しかし、為替レートは1円くらいすぐ動いてしまう。経営計画で使った為替レートと比べて実績が大きく円高方向に動くことは、本当に勘弁してほしいという気持ちだろう。

■インフレ率格差に見合う円高でも駄目なのか?

それでは、もし例えばドル建ての製品価格を現地のインフレ分、自動的に引き上げることができるとしたら、その程度の円高ではどうだろうか。為替レート決定の考え方に購買力平価というのがある。それによれば、インフレ率の高い国の通貨は安くなり、インフレ率の低い国の通貨は高くなる。同じハンバーガーの価格について考えよう。その価格が、ニューヨークでは毎年5%ずつ高くなるのに対し、東京ではずっと同じだとする。その時、東京では同じハンバーガーを引き続き同じ円価格で食べることができるのに、ニューヨークでは毎年5%円高になっていないと円をドルに交換した上で食べることができない。同じハンバーガーなのだから、大きな価格差が生じることはないだろう。そういう考え方である。それが成立するのであれば、インフレ率に格差がある時には、それを反映して為替レートに変化の力が加わる。

▲写真 マクドナルドのハンバーガー(2018年09月02日) 出典:Photo by Kris Connor/Getty Images for McDonald’s

この購買力平価の考え方からすると、日本円は現在、1990年代以降、最も安い圏内にある。そうであっても、これからもしまた円高が進めば、産業界からは何とかしてほしいとの声が強まるかもしれない。どうしてインフレ率の格差分の円高、今で言えば日米のインフレ率格差は約5%程度だが、その程度の円高でも問題になるのだろうか。

米国の市場で価格競争しているのは、米国企業と日本企業だけではない。新興国の企業も含め、厳しい競争が展開されている。その下で、日本企業がインフレ分の現地価格を引き上げることさえ難しいとすれば、それは競争力の面で劣位に追い込まれているからだろう。ひどい表現になるが、日本企業全体として儲からない商売に追い込まれていれば、少しの円高でも困ることになる。

■日本企業の競争力の回復と円高耐性

こう考えてくると、どんな円高でも悪なのか、あるいは、日本企業の価格競争力の低下が本源的な問題なのか、という疑問が生じる。米国経済は、1980年代の日本との競争を通じて、マクロ的には儲からないビジネスからさっさと撤退しまった感がある。それが2000年代以降のプラットフォーム企業群の隆盛に繋がっている。もっともその一方で、それまでと同じビジネスを続けたい企業にとっては厳しい経営状況が続き、それが社会分断の背景にもなっている。

日本経済が米国経済と全く同じアプローチを採るべきとは思えない。しかし、日本企業の生産性を向上させよとの声もしばしば聞かれる。その生産性向上のためには、これまでと同じビジネスモデルに固執することもまた受け入れられないはずだ。実際、新興国の企業との競争の中で、撤退せざるを得なくなったビジネスは数多くあり、その結果、日本の貿易収支は足元では平均すればほぼゼロ近傍となっている。

米国で取り残されたビジネスが集中する五大湖沿岸の地域は、しばしば「錆び付いた帯(ラスト・ベルト)」と呼ばれる。もし日本企業が、全体として儲からないビジネス分野に追い込まれたまま、インフレ率の格差分の円高でさえ受け入れることができない状況が続けば、日本は「錆び付いた列島」になってしまうかもしれない。

日本企業が、高生産性分野へとビジネスの転換を進め、全体として第三国市場での価格競争力を回復していけば、少なくともインフレ率の格差分の円高に対しては耐性を持てるようになるはずだ。もちろん、そうした変化に対応するための社会のコストは決して小さくはない。しかし、それを受け入れていかないとはっきりとした日本経済の生産性向上は実現しない。その変革のコストを受け入れた上で、果実を社会全体が納得できるかたちで分かち合う。これからの日本は、是非そうでありたい。新しい政治の風にも期待するところ大だ。

トップ写真:トヨタ自動車のヤリスの生産ライン(2017年11月11日、フランスのバレンシエンヌ近郊オネン) 出典:Sylvain Lefevre / Getty Images

 




この記事を書いた人
神津多可思公益社団法人 日本証券アナリスト協会 専務理事

博士(経済学)

1980年、東京大学経済学部卒業、日本銀行入行。政策委員会室審議役(国会・広報)、金融機構局審議役(国際関係)等を経て、2010年よりリコー経済社会研究所主席研究員 。2016年、同所長、2021年6月より同フェローとして従事。同年8月より公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事。

神津多可思

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