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.国際  投稿日:2021/10/17

米原潜不明物体と衝突、南シナ海波高し


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・米潜水艦が南シナ海で衝突事故、何と衝突したかは分かっていない。

・一方的に権益を主張する中国に注目が集まっている。

・南シナ海が屈指の難易度であることも関係しているかもしれない。

 

米海軍はシーウルフ級攻撃型原子力潜水艦「コネティカット」が10月2日午後、南シナ海で潜航航行中に海中でなんらかの物体と衝突し、乗組員11人が負傷したことを発表した。

負傷者はいずれも軽傷で命に別状はなく原潜の原子炉にも異常はなく「コネティカット」は浮上航行して自力で8日に米領グアム島にある米海軍基地に帰投し、事故原因の調査と同時に前部が損傷したという船体の調査・修理、負傷者の治療が行われているとみられている。

中国が一方的に海洋権益を主張する南シナ海で米を中心として英などが国際海洋法に基づく権利行使として中国に対抗する「航行の自由作戦」を実施、海軍艦艇や航空機を展開するなど緊張が続いている。その南シナ海の国際海域で発生した今回の「コネティカット」の事故だけに事故原因などを巡って様々な憶測が飛び「波高し」の状況となっている。

■米原潜は何と衝突したのか

今回の事故は最新の探知能力を備えた米原潜が潜航中に正体不明の物体と海中で衝突、乗組員が負傷し船体前部が損傷するという事故だけに、「衝突した相手は一体何なのか」が最大の焦点となっている。

米海軍は衝突した相手に関しては「別の潜水艦ではない」として潜水艦同士や他の船舶との衝突による事故ではないとしている。そのうえでAP通信は米海軍当局者の話として沈没船やコンテナなどに衝突した可能性が高いとの見方を伝えている。

また海図に記載されていない海底の小さい海山や水上艦艇の曳航物の残骸、クジラなどとの衝突の可能性も指摘されている。

米海軍では今後「完全な調査と分析を実施する」としており、いずれ事故の詳細が明らかになるとみられるが、海面下での事故だけにどこまで事故原因に迫れるかに関して「特定は難しい」との見方もある。

■米に情報開示求める中国の動き

今回の「コネティカット」事故に関して中国は外務省報道官が8日の会見で「米は事故の詳細を明らかにする必要がある」として事故が発生した場所、航行の目的、衝突した相手などの情報開示を迫った。

事故発生直後から南シナ海で常時活動しているとされる複数の中国海軍潜水艦の動向に注目が集まり、「コネティカット」の行動や衝突事故も中国潜水艦の活動と関係があるのでは、との見方があった。

これまでのところ衝突事故と中国潜水艦との直接的な関係はない可能性が高いものの、中国同様に「コネティカット」を含めて複数が常時行動しているとされる米潜水艦の動きを中国側がどこまで把握していたかに関しては、これまで明らかになっていないし、今後も明らかになることはないとみられている。

■屈指の難易度とされる南シナ海海域

今回事故のあった南シナ海は、海上交通の要衝であり海上を航行する一般船舶や漁船も多く、さらに海底の地形も複雑で絶えず変化するなど潜水艦の航行にとっては「極めて難易度の高い海域」との指摘もある。

米CNNは複数の専門家の見方として南シナ海は水上航行する船舶や海底の地形、海水の性質、潮流などによる「ノイズ(雑音)干渉」が音響環境に影響を与えて潜水艦の高度なセンサーである「ソナー」でも完全に水中の状況を把握できないという「難易度の高い海域」であると伝えている。

こうした状況が今回の衝突事故にどの程度関係してくるのかは現時点では不明であるが、複雑な海中環境の中で各国の潜水艦が行動しているという事実だけは認識しておく必要があるだろう。

▲画像 南シナ海 出典:Photo enhanced by maps4media via Getty Images

■権益と同時に各国艦艇入り乱れる海域

南シナ海は中国が一方的に自国の権益を主張する「九段線」により、南沙諸島や西沙諸島海域などでフィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイなどと島嶼を巡って領有権争いが続いている。

さらに南シナ海南端に位置するインドネシア領ナツナ諸島北方海域ではインドネシアの排他的経済水域(EEZ)と中国の権益海域が「一部重複する」と中国が主張。EEZの境界海域で準軍事組織といわれる海警局の艦艇を伴った中国漁船による違法操業が繰り返されて両国間の外交問題となっている事例もある。

そうした状況に加えて米を中心として中国に対抗する「航行の自由作戦」の展開で各国の水上艦艇、潜水艦、航空機が作戦行動を繰り返している。

さらに日米印豪による「自由で開かれたインド太平洋」を掲げる「クアッド」、新たに設立された米英豪による「AUKUS」といった安全保障の枠組みも南シナ海を「ホットな海域」「波の高い海域」そして「一触即発」の危機をはらんだ緊張の海へと変化させている。

中国外務省の報道官も8日の会見で「米は南シナ海で波を立てている。それが(コネティカットの)事故原因だ」と指摘、南シナ海が「波高し」の海域であるとの認識を中国も共有していることを示した。

トップ画像:シーウルフ級攻撃型潜水艦USSコネティカット(2018年5月7日) 出典:Photo by Smith Collection/Gado/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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