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.国際  投稿日:2022/5/25

韓米首脳会談で韓米同盟が正常軌道に


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・5月21日の韓米首脳会談では対北朝鮮政策正常化に関して双方

が合意した。

・韓米の軍事連合演習・訓練の範囲と規模を拡大する意向であり、拡張抑止戦略協議体(EDSCG)の再開にも合意した。

・韓国は米国主導の「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」への参加を表明し、「安米経中」路線からの決別を表明した。

 

 5月21日、韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)新大統領とジョー・バイデン米国大統領との初めての首脳会談が持たれた。今回の韓米首脳会談では、韓米間の外交・安保・経済の広い分野に渡って話し合いがなされ、韓米関係の復元と韓米同盟の強化、そして対北朝鮮政策の正常化が実現した。

1、対北朝鮮政策正常化で「さらば板門店・シンガポール宣言

 韓国と米国は21日の韓米首脳会談後に共同声明を発表したが、そこには2018年の「南北4・27板門店宣言」と「米朝6・12シンガポール宣言」への言及は一切なかった。実質的な非核化が伴わない「対話のための対話」はしないとの点で両首脳が一致したとみられる。

シンガポール会談では、北朝鮮の核廃棄に関する原則や期限を定めず、「朝鮮半島の非核化」という北朝鮮寄りの用語で、金正恩があたかも非核化に応じるかのようなムード作りを行い、彼を国際舞台に登場させた。

しかし翌年のハノイ米朝首脳会談での「決裂」で「北朝鮮の非核化」が詐欺だった事実が確認された。それでも文前政権は「対話だけで平和を守る」という幻想を国民に押し付け続け、北朝鮮の顔色をうかがう「従北政策」を続けた。

バイデン大統領は22日午前、宿舎のハイアットホテルで、ある記者の「金正恩国務委員長に伝えるメッセージはあるか」との問いに対し、「Hello. Period(ハロー、お終い)」とそっけなく答えた。首脳会談後の共同記者会見でも「金正恩国務委員長に会うための前提条件はあるのか」との質問に「私が北朝鮮の指導者に会うとすれば、それは彼がいかに真剣で真摯(しんし)であるかに懸かっている」と答えた。

 また尹錫悦大統領も記者会見で「韓(朝鮮)半島の完全な非核化」という文言ではなく「北朝鮮の完全な非核化」という用語を使い注目を集めた。

北朝鮮の人権問題に関する表現も「北朝鮮の人権状況を改善するために協力することで同意する」から「北朝鮮の人権状況に対し深刻な懸念を表明する」へと変更された。

2、シンガポールの幻想から目覚めた韓米、共同軍事演習を再開

2018年の米朝シンガポール首脳会談以降、文在寅前韓国大統領とトランプ前米大統領は共に「金正恩国務委員長の非核化の意思を確認した」と主張し、それまで数十年続いてきた韓米連合安全保障体制を崩壊させた。

写真)北朝鮮の金正恩委員長とドナルド・トランプ前米国大統領、韓国の文在寅前大統領(2019年6月30日)

出典)Photo by Handout/Dong-A Ilbo via Getty Images

その間に北朝鮮は核開発とミサイル開発をさらに高度化した。そればかりか金正恩はシンガポール会談直前に宣言した「核実験とICBM(大陸間弾道ミサイル)発射の中断」を意味するいわゆる「モラトリアム」も正式に破棄した。そしてICBMやSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)はもちろん、韓国を射程圏内に収める戦術核ミサイルによる挑発を露骨に進め、いま7回目の核実験も準備中だ。

こうした中で今回の首脳会談では、米韓の軍事協力も正常軌道に戻された。尹錫悦大統領とバイデン大統領は、北朝鮮の核・ミサイル攻撃に備える韓米連合訓練の拡大や米軍の戦略資産展開などでも合意した。

共同声明で両首脳は「北朝鮮の深化する脅威を考慮し、連合演習・訓練の範囲と規模を拡大する」との考えを表明した。シンガポール米朝首脳会談以来、事実上中断していた連合訓練を正常に戻すということだ。

両首脳は、金正恩が先月25日の軍事パレード演説で「わが国の核は戦争防止という一つの使命にのみ束縛されない」として「先制核攻撃」をちらつかせたことに対して「核には核で対応する」との考えも示した。北朝鮮による挑発など有事に米国が韓国に提供する戦力を「核、在来式兵器、ミサイル防衛能力」と明確にしたのだ。韓米の共同声明で拡張抑止の手段として「核」という言葉が明記されるのは今回が初めてだ。拡張抑止とは同盟国が核攻撃などの脅威に直面した際、核兵器を搭載した爆撃機、原子力空母、原子力潜水艦などを使って同盟国を支援するという概念だ。

それに伴って文在寅政権発足後の2018年から中断していた「拡張抑止戦略協議体(EDSCG)」の再開にも合意しそれを具体化した。

 対北朝鮮政策の正常化について朝鮮日報は「韓国と米国の前政権はテレビ用の「サプライズショー」で北朝鮮の核問題を解決するという幻想で国民をだましたが、この二つの政権はどちらもすでに交代し、今回ついに金正恩政権に対する常識的な対応が再開された。北朝鮮の核問題という目の前の現実をありのままに受け入れるのに4年もかかったのだ」と報道した。

3、尹新政権「安米経中路線」と決別

尹錫悦大統領は5月21日、バイデン米大統領との共同記者会見で、米主導の新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」への参加を正式に表明した。尹大統領は就任早々、対中国包囲網ともいわれる同枠組みへの積極参加を打ち出し、「安全保障は米国、経済は中国」などという中国傾斜の外交とは決別する意向を示していた。

尹大統領は首脳会談で「われわれは経済が安保で、安保が経済だという経済安保の時代を生きている。国際貿易秩序の変化やサプライチェーン(供給網)の混乱が国民の生計を直撃している」と指摘し、「韓米は半導体やバッテリーなどの戦略産業分野で相互投資を拡大し、供給網の安定化に向けて協力していく」と強調した。

このことを裏付けるように、韓米両首脳初対面の舞台はサムスン電子の半導体工場(20日)にセッティングされ、バイデン大統領離韓直前には現代自動車グループの鄭義宣(チョン・ウィソン)会長との単独会談(22日)がセッティングされた。

韓国新政権の「安米経中」路線の放棄は、経済や安保で米国と対立する中国や、ウクライナ侵攻で国際経済に悪影響を与えているロシアの排除を示唆したものだ。経済と安保が切り離せなくなった中で、「『安米経中』などとの発想はもはや通用しない」との認識によるものである。

「安米経中」路線との決別は、韓国が米国主導の新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」への参加を正式に表明したことで示された。尹大統領は「規範に基づいた地域の秩序を構築する第一歩」と強調し、23日に東京で開催された発足会議にオンラインで出席した。

韓国は2016年に米軍の高高度防衛ミサイル(THAAD)の国内配備を決めたことで、企業や韓国ドラマの中国からの締め出しや中国人の韓国団体旅行の制限など中国から事実上の報復を受けた苦い経験がある。それでも尹政権は、安保を米国に依存する限りはIPEFの発足メンバーに入り、発言権を確保する方が国益にかなうと判断したのだ。尹政権は、今回の首脳会談を通じて中国への直接批判を避け、中国の出方を慎重に見定めているが、複数の国がIPEFに加わるため、韓国だけを狙った中国の報復はないともみている。

韓米両国はまた、防衛産業の自由貿易協定(FTA)と呼ばれる国防相互調達協定(RDP)の協議を始めることで合意した。

トップ写真)韓国のユン・ソクヨル大統領(右)が聞き入る中、話すジョー・バイデン米国大統領(左)(2022年5月21日)

出典)Photo by Jeon Heon-Kyun – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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