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.経済  投稿日:2022/9/28

日銀の作戦 ~どういう日本経済を目指しているのか~


神津多可思(公益社団法人 日本証券アナリスト協会専務理事)

「神津多可思の金融経済を読む」

【まとめ】

・日本では既に3%インフレになろうとしているが、賃金の上昇とインフレのバランスがとれて、経済活動が活性化しなければならない。

・海外要因のインフレ圧力が低下しても、国内のインフレ圧力が十分に高まらず再び2%のインフレ目標が達成できない状態に陥る可能性もある。

・日本経済のハッピーエンドのためにも、ブレないリーダーシップと多くの者が得心のいく成功のビジョンが重要なはずだ。

 

米国海軍のジェット・パイロット達が成功確率の非常に低いミッションに挑み、それを成し遂げる映画が世界的にヒットした。そんな人はいないかもしれないが、映画で描かれたミッションが、現在の日銀がやろうとしていると思われる作戦にダブってみえて仕方がない。

■うまくいくイメージ

何事も、成功のためには、うまくいくイメージをしっかり持つことが重要と良く言われる。持続的・安定的な日本経済の成長が実現する良い2%インフレが、将来、実現するとしたら、今後、どういう展開を経てのことだろうか。

現在、日本では既に3%インフレになろうとしている。しかし、これは良いインフレではないので、このままでは駄目だ。賃金の上昇とインフレのバランスがとれて、その下で経済活動が活性化しなければならない。そうした状況では、賃金の影響をより強く受けるサービス価格も持続的に上昇するはずだ。

そういう日本経済の動きが確認されるまで、現在の超金融緩和を1ミリも動かさないと日銀は言っている。その確認の過程においては、物価の動きを、消費者物価全体だけではなく、より細部に亘って点検していく必要がある。その上で、海外からの圧力によるインフレではなく、国内の内生的なインフレの力が生まれ、それが十分に強くなったと判断されたところで、金融政策の変更が議論されることになるのだろう。これが今の日銀の作戦なのではないか。

ここでまず難しいのは、悪いインフレから良いインフレへの入れ替えがスムーズに進むかどうかだ。日銀は、今の悪いインフレをもたらしている海外からの圧力は次第に減衰すると予想している。実際、外貨建ての資源価格の前年比はピークを打ったようにみえる。もっとも、他方で急速な円安もあるので、本当にそうなるかどうか自体、判断が難しいところだ。

米国の中央銀行である連邦準備制度(FRBは、インフレ圧力が一時的かどうかの判断を見誤った。去年の夏頃までは足元のインフレは一時的としていたが、1年経った今、米国経済の内生的なインフレ圧力は予想以上に高まっている。FRBのパウエル議長も先頃の記者会見で、景気後退なしにこのインフレ圧力を低下させることは非常に難しいという趣旨の発言をした。それを日銀はみているので、今後のインフレの動きについては、きっとこれまで以上に丁寧な分析を行っていくだろう。

 

■2%インフレへの軟着陸という離れ技

悪いインフレから良いインフレへの入れ替えの過程で、インフレ率はどこまで高まるだろうか。日銀はオーバーシュート、即ち2%以上のインフレも許容すると明確に言ってきたので、3%台のインフレになっても、その入れ替えがはっきり進んでいることが確認されるまで、じっと辛抱するつもりだろう。

金融政策以外の物価対策は政府が行う。その下で、私達が耐えられるインフレである内に、日銀の目指す良いインフレへの入れ替えが完了するかどうか。まさに「インフレ耐性」が試されるのだが、もう何十年もなかったインフレを経験しているだけに、私達自身、その耐性が分からないところがある。

2%インフレは良いことだとしてきた人でも、実際に2%超のインフレを経験してみると、これは困ったことだと感じるところも大きいのではないか。それは賃金が上がっていないからだという説明が追加的に出てきた。

余談だが、思い起こせば賃金は大抵インフレの後追いで上がってきた。2年程度の期間で、賃金上昇とインフレが同時進行して2%インフレが実現するというシナリオを描いていたとすれば、それはどういうメカニズムを想定してのことだったのだろうか。

さて、一方で全く逆の心配もある。米国、欧州、中国の経済が一斉にスローダウンする中で、海外要因のインフレ圧力が低下し、しかし国内のインフレ圧力は十分に高まらず、再び2%のインフレ目標が達成できない状態に陥るということもないではない。

その時は、海外の金利もピークアウトするだろうから、為替レートには円高方向の圧力が加わる可能性がある。上がったり下がったりするのは為替レートの常だが、この円安局面で何もしていないだけに、次の円高局面では金融政策は動きようがない。

さらに、これは先月も述べたが、悪いインフレから良いインフレへの入れ替えがうまくいって、2%インフレへの軟着陸が成功して、それでどういう日本経済が実現するかという点も実は十分にははっきりしていない。そのうまくいくビジョンが広く共有されないと、折角、2%インフレが実現できても日本経済の潜在成長力は高まらないかもしれない。

このように但し書きばかり出てくるようでは、到底、良いチームリーダーにはなれないが、日銀は、以上のような難関を全てクリアし、日本経済を新しい定常状態に持っていく離れ技に挑戦していると言えるのではないか。

冒頭の映画では、地対空ミサイルを避けるため高速低空飛行で峡谷を通過し、急上昇の後、ピンポイントで目標を攻撃し、その後、高度を上げ、ミサイルと迎撃機をかわし、結果的にチーム全員が生還した。リーダーのブレない意思とチーム全員で共有した成功のビジョンが、そのハッピーエンドをもたらしたというストーリーだった。

この話が、現実の世界で日銀が想定しているだろうこれからの日本経済のうまくいく展開とダブってみえるというのは、やっぱりちょっと変だろうか。しかし、日本経済のハッピーエンドのためにも、ブレないリーダーシップと多くの者が得心のいく成功のビジョンが重要なはずだ。マーベリックならぬマーベラスな日本経済のチームリーダーとして、日銀には是非それを分かり易く示してほしい。

トップ写真:日本銀行

出典:Photo by Carl Court/Getty Images




この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト

東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト


1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。


関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。

神津多可思

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