軍と抵抗勢力の“空中戦” ミャンマー
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・実質的な「内戦」状態にあるミャンマーで軍による戦術に変化が見え始めている。
・戦術変化の背景には兵士の犠牲軽減と共に、クーデターから1年半以上経っても治安が安定しないことへの焦燥感があるとの見方。
・現在、戦闘機やヘリコプターによる軍の空爆に対し、抵抗勢力PDFがドローン攻撃を行うなど、「空中戦」とも言うべき状況が激しく展開。
軍事政権と民主派の武装組織、少数民族武装勢力との戦闘が激化して実質的な「内戦」状態にあるミャンマーで軍による戦術に変化が見え始めている。
地元メディアなどによると地上戦で劣勢に立たされているとされる国軍による戦闘機やヘリコプターなどの空からの爆撃、攻撃が増加しているという。
民主派勢力「国民統一政府(NUG)」傘下の武装市民組織である「国民防衛軍(PDF)」が各地で攻勢を続けている現状で国土の51%で有利な戦いをPDFが展開しているとの情報も伝えられる中、制空権を完全に軍が確保していることから「被害を最小限に留める」ために空からの攻撃に注力していることがあるとみられている。
PDFは軍車列への待ち伏せ攻撃や地雷攻撃、軍の拠点への車からの銃撃や爆弾投てきといった「ヒットエンドラン」戦術などを駆使しており軍兵士の死傷者が増え続けているという側面も指摘されている。
■コンサート会場への空爆
10月23日午後8時半時ころ、北部カチン州のハパカント近郊のギンシ村で開かれていた音楽コンサート会場を軍の戦闘機が空爆し、少なくとも60人が死亡し100人以上が負傷する事案が起きた。
このコンサートは地元の少数民族武装勢力「カチン独立機構(KIO)」の創設62周年を祝うもので、住民やKIOやその武装部門の「カチン独立軍(KIA)の幹部メンバー、地元出身の著名な男性歌手アウラリ氏や人気女性歌手ガラウ・ヨー・ルイさんが出演していた。
軍による空爆は戦闘機3機行われ、投下された爆弾の1発はステージ近くで爆発しアウラリ氏やガラウさんらを含む多数が犠牲となった。
戦闘機は夜間の闇に紛れて接近し、コンサート会場の灯りを目標にして空爆したとみられている。
このほか各地で軍は空からの攻撃や遠隔地からの砲撃でPDF拠点や協力者がいるとする村落を攻撃し、その後地上部隊がトラックで進撃したり、ヘリコプターから兵士を降下させて村落や拠点の制圧を実施するケースが増えているという。
こうした軍による戦術変化の背景には軍兵士の犠牲軽減と共にミン・アウン・フライン国軍司令官率いる軍政が2021年2月1日のクーデターからすでに1年半以上経過したにも関わらず国内の治安が一向に安定しないことへの焦燥感があるのは間違いないとの見方が有力だ。
■抵抗勢力はドローンで対抗
こうした軍の空からの攻撃激化に対抗してPDFなどはドローンによる「空爆」を強化している。
PDFは2021年9月に「航空部隊創設」を明らかにしたが、その信憑性から大きく報じられることはなかった。
しかしPDFによると創設を契機に民生用ドローンの取得、操縦方法の訓練、爆弾投下の技術習得などに努めた結果、現在では複数の「ドローン部隊」が各地に存在し、北西部サガイン地方域のミャウン郡区には女性メンバーだけの部隊もあり各地で「戦果」を挙げているとしている。
PDFのドローンにはプラスチックパイプを利用した手製爆弾が搭載され、上空から軍の拠点や車両に投下させては兵士を死傷させているという。
PDFのドローン攻撃は決して大きな戦果を軍に加えるものではないが、兵士に与える心理的効果は大きく、兵士らを常に上空を警戒せざるおえない状況に追い込んでおり「戦果」は大きいとPDF報道官は地元の独立系メディアに語っている。
そうした独立系メディアのホームページやPDFのネット上のSNSなどにはPDFのドローンに搭載されたカメラを通じて軍の検問所や車両に上空から爆弾を投下して地上で爆発、白煙が上がる様子などがアップされている。
■軍とPDFによる「空中戦」
このように現在ミャンマーでは軍の戦闘機やヘリコプターによる空爆、兵員輸送などと抵抗勢力であるPDFによるドローン攻撃という一種の「空中戦」とも言うべき状況が激しく展開している。
NUGは10月1日に東部カイン州ワウレイ郡区、カインセイクジー郡区、カウカレイク郡区でこれまでに合計89回のドローン攻撃を実施して兵士48人を殺害したことを明らかにして「戦果」を強調したと独立系メディアは伝えている。
対する軍もドローンを保有しているというが、PDFによると軍のドローン攻撃の事例はこれまでに1件しか報告されていないといい、運用に何らかの問題がある可能性を指摘する。
ただミン・アウン・フライン国軍司令官はPDF側のドローン攻撃を防ぐために有効な対処法が必要との認識を示したとしている。
制空権を軍が抑える中、PDF側のドローン攻撃はゲリラ的戦法で攻勢を強めており、「空からの攻撃」を巡る戦いは今後ますます激化することが予想されている。
トップ写真:ミャンマーのヤンゴンで、軍事政権軍の進撃を防ごうとバリケード付近でタイヤに火をつけるデモ参加者(2021年3月16日) 出典:Photo by Stringer/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。