比テロ組織10人投降 壊滅に近づく
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・フィリピンのイスラム教テロ組織「アブサヤフ」のメンバー10人が治安当局に武器持参で投降。
・テロ活動を続ける戦闘員は約130人に激減、組織は壊滅の危機に直面している。
・マルコス大統領はテロとの戦いを継続する姿勢で、本格的な「アブサヤフ」壊滅作戦が進むことが期待されてる。
フィリピンのイスラム教テロ組織である「アブサヤフ」のメンバー10人が治安当局に武器持参で投降し、残存勢力は約130人に減少、掃討作戦を続ける軍は壊滅も近いとしてさらに作戦を強化している。
軍当局者は11月8日、「アブサヤフ」の主な活動拠点であるフィリピン南部でメンバー10人が投降したことを明らかにした。
南部で壊滅作戦を続けている軍によると2022年1月以降、投降して来た「アブサヤフ」の戦闘員メンバーはこれで174人に達し、この数字には戦闘員の後方支援などで協力していた非戦闘員の40人も含まれているという。
軍当局者によると「アブサヤフ」が活動する南部バシラン島、ホロ島などで依然としてロ活動を続ける戦闘員は約130人とみられ、これまでに相当数がすでに戦闘による殺害あるいは投降して勢力は激減し、組織は壊滅の危機に直面しているとみている。
■ 国際的テロ組織に変貌
「アブサヤフ」は1991年にテロ組織「モロ民族解放戦線」から分離した組織でアブドラガク・ジャンジャラーニを指導者として南部スールー諸島のホロ島やバシラン島、南部ミンダナオ島サンボアンガ半島などを主な活動拠点として活動。
1998年にアブドラガク指導者が警察との銃撃戦で死亡した後、「アブサヤフ」は中東のテロ組織「イスラム国」やインドネシアのテロ組織「ジェマ・イスラミア(JI)」と関係を深め、国際テロ組織へと変貌していく。
2014年に戦闘員は約4000人とされた中にはインドネシア人、マレーシア人、シンガポール人が含まれていたという。
こうした国際的なテロ組織に変貌していった背景には「アブサヤフ」の創設者でもあったアブドラガク指導者がシリアやサウジアラビアでイスラム神学を学び、アフガニスタンの「聖戦」にも参加、国際テロ組織「アルカイダ」のウサマ・ビン・ラーディン司令官とも面識があるなどの人脈が引き継がれた結果といわれている。
■ 数々の凶悪テロを実行
2000年以降「アブサヤフ」はテロ事件を本格化、フィリピン政府と米政府からは「テロ組織」に指定されている。2004年にはルソン島マニラ湾コレヒドール島近海でスーパーフェリー船を爆破させて死者・行方不明者116人が犠牲となるテロを実行している。
このほか2016年にはカナダ人やドイツ人夫妻を誘拐して身代金を要求する人質事件を起こしている。身代金交渉が暗礁に乗り上げてたドイツ人は斬首などの残酷な方法で殺害され、カナダ人は人質解放作戦中に「アブサヤフ」戦闘員によって殺害されるなど南部地域は外国人観光客にとって世界有数の危険地帯となった。
2017年には当時の「アブサヤフ」指導者イスニロン・ハピロン容疑者のミンダナオ島南ラナオ州マラウィ市内の隠れ家を治安当局が急襲したが逮捕に失敗し、以後同市を武力占拠下に置いて武装抵抗を続ける事態となり、国際社会の注目ニュースとなった。
マラウィ市の「アブサヤフ」とインドネシアのテロ組織「ジェマ・アンシャルト・ダウラ(JAD)」などの同調組織戦闘員らによる武装占拠は同年10月にイスニロン容疑者の殺害からほどなく終了し、同市は解放された。
2019年1月にはホロ島ホロ町にあるカソリック教会で2度の爆発が起き、死者22人、負傷者100人以上となった。爆発は自爆によるテロで実行犯はインドネシア人夫妻で「アブサヤフ」と共謀したテロだった。
■ 壊滅作戦は着実に効果と軍
今回投降した戦闘員のうち7人は11月4日に小銃と拳銃6丁を投降時に差し出し、政府軍との戦闘に参加した戦闘員とみられている残る3人は同じ日にライフル2丁、弾倉2つ、弾薬21発を持参して投降したという。
軍によると今回投降した「アブサヤフ」の戦闘員10人は「政府軍との戦闘や逃避に疲れた」と話しているという。
「アブサヤフ」戦闘員らのメンバーは2000年11月末から12月初旬にかけても39人が軍に投降しており、増減はあるものの戦闘による殺害、逮捕に加えて今回のような投降と壊滅作戦は着実に効果を挙げている、と軍は強調している。
「アブサヤフ」の近年の指導者でホロ町のカソリック教会自爆事件を首謀したとされるハティブ・ハジャン・サワジャーン容疑者に関して軍諜報機関は2020年の軍との銃撃戦で死亡したとしているが、その遺体は現在まで確認されていない。
6月30日に就任したフェルディナンド・マルコス大統領はテロとの戦いを継続する姿勢をみせており、今後本格的な「アブサヤフ」壊滅作戦が進むことが期待されている。
トップ写真:フィリピン国軍参謀総長は、アブサヤフのリーダーの写真を指差す(2002年6月21日フィリピン南部・サンボアンガ市) 出典:Photo by Gabriel Mistral/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。