結局は甘やかす大人が悪い(下) 歳末は「火の用心」その4
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・キックボクサーの「ぱんちゃん璃奈」こと岡本璃奈容疑者が5日、兵庫県警に詐欺罪で逮捕され、検察が勾留を認めた。
・今や「煽り」の責任も問われる時代となりつつある。
・差別的もしくは誰かを誹謗中傷するような投稿に、うかつに賛意を表すとリスクを負う。
キックボクサーの「ぱんちゃん璃奈」こと岡本璃奈容疑者が5日、兵庫県警に逮捕された。
報道によれば、いずれも人気格闘家である那須川天心と武尊(たける)のポスターに、自分でサインを書き込んだ物を「直筆サイン入り」と偽ってネットオークションで販売した、というもの。つまりは詐欺罪だ。被害金額は9万9000円と報じられている。
格闘技界は大きな衝撃を受け、幾人もの関係者がコメントしているが、10万円ほどでキャリアを棒に振るとは……と呆れる声が多かった。
私も同様の思いだったが、この原稿を書いている13日の時点でも未だ釈放されないということは、検察が勾留を認めているわけで、被害金額の割に扱いが厳しい。まず間違いなく余罪を厳しく追及されているのだろう。誤解のないように強調しておくが、警察の扱いを批判しているのではない。彼女は初犯で、しかも詐欺事件としては被害金額が少ない方だから、普通なら返金と謝罪、あとは書類送検くらいで済んだはず、という一般論である。
もともと彼女はアイドルばりのルックス(実際AKBのオーディションを受けて最終選考まで残ったことがあるそうだ)に加えて、デビュー以来13戦無敗・2階級制覇という実績があり、YouTuberとしても人気を博していた。本誌の読者だけにそっとお教えすると、私も結構よく見た方だ。
ただ、4月に練習中のアクシデントで右膝の十字靱帯裂傷という重傷を負ってしまい、当面キックボクサーとしての活動は断念せざるを得ず、所属ジムも退会。収入が激減した、ということらしい。
だからと言って犯罪に手を染めてよいということには無論ならないが、複数の格闘家が、「前々から危ない人だと思っていた」「素でやばい奴」などというコメントをしていたことには、いささか首をかしげた。いくら私でも、被害者がいる案件では「美人はなにをしても許されるのだ」と返すわけにも行かないし、まあ世間とはそんなもの、と言ってしまえばそれまでなのだが。それでもなお首をかしげざるを得なかったのは、「体張って前科作ってBreaking Downに参戦かな」などというコメントであった。
ブレイキングダウンとは2021年から格闘家の朝倉未来がプロデューサーとなって始まった格闘技イベントで、クラス制(体重別)1分1ラウンドのみというルール。
参戦するにはオーディションを受けねばならないのだが、どうも格闘技経験よりも話題になりそうなキャラクターで選んでいるらしい。元迷惑系YouTuberの「へずまりゅう」が幾度か出場しているが、勝率はさっぱりだとか。
ぱんちゃん璃奈もジャッジを務めていたし、こうした人選自体、前回も触れた通り「悪名は無名に勝る」という論理そのものだろう。
プロデューサー自身、「バズって(ネットで話題になって)なんぼのイベント」などと語っている。なにしろオーディション中にしばしば乱闘騒ぎが起き、それさえも売りものになっているのだ。
過去に反社会的集団にいたとか、迷惑系だったとかいう人たちを、格闘技を通じて更生させたい、というのなら話は分かる。しかし、そうしたことを売り物にして、カメラもあるところでケンカする姿まで公開するのは(一応はスタッフが止めに入ったりするが)、さすがにどうかと思う。
今月に入ってからは、不登校系YouTuberと称される「ゆたぼん」までもが参戦を表明した。なんでも、自分の動画やツイートを批判する「アンチ」に対して、ダイレクトメールで「俺と戦え」「逃げんなや」などと挑戦状を叩きつけたとか。逃げるもなにも、選手の募集は11月で締め切られているのだが笑。要は、アンチを挑発する炎上商法が「不発」に終わっただけではないか。
このイベントは、従来の格闘技の在り方を壊すという意味でブレイキングダウンと名づけられたと聞くが、年端も行かない子供の、再生数稼ぎとも取れる言動に手を貸すようでは、むしろイメージダウンになるのではあるまいか。今や「煽り」の責任も問われる時代となりつつあるのだから。
突然なにを言い出すのか、と訝られた向きもあるやも知れないが、前回取り上げた杉田水脈・総務大臣政務官の話だ。実は当人の発言以外にも、差別的な投稿に「いいね」をした責任を問われているのである。
性暴力の被害を公表した、ジャーナリストの伊藤詩織さんに対して、SNS上で、「枕営業の失敗ですね」「見苦しい」「品性がない」「ハニートラップ」といった誹謗中傷が繰り返されたが、これらに「いいね」を押していたというもの。訴訟の対象となった「いいね」は25件に及ぶと報じられている。
今年3月の一審・東京地裁判決では、単に「いいね」を押しただけでは、肯定的な感情が幅広く、侮辱と断ずることはできないとして賠償請求を棄却したが、10月20日の二審・東京高裁判決では、侮辱の意図があったと認定した。
煎じ詰めていえば、被告(=杉田政務官)は公人で強い影響力を持っていることと、自身もくだんの性暴力の一件に関して、メディアの取材に「女性として落ち度があった」などとコメントしていることから、侮辱の意図があったと判断されるとして賠償責任を認めたのである。「いいね」に賠償責任を認めた判決は初めてだが、誰もが「いいね」を押しただけでペナルティーを科せられるというものではない。
すでに最高裁に上告されており、つまりは係争中なので、立ち入った表現は用いにくいのだが、個人的な感想として聞いていただけるのなら、落ち度があったのはどう考えても杉田水脈・総務大臣政務官の方で、前述の通り特殊事情があったわけだが、差別的もしくは誰かを誹謗中傷するような投稿に、うかつに賛意を表するとリスクを負う、という「一罰百戒」の効果があればよいなと思う。
さらに言えば、そもそもネット上での誹謗中傷に対して、然るべき対策を取るべき立場にある総務相の大臣政務官が、自ら誹謗中傷コメントを拡散して裁判所から賠償を命じられるとは、笑えない冗談としか言いようがない。
折からワールドカップ、さらには防衛予算の増額と増税をめぐって議論が紛糾し、格闘技も迷惑系・不登校系も杉田政務官も影が薄くなっているきらいがある。致し方ないことかも知れないが、差別問題や市民社会の良識に反する人たちには、もっと厳しい目を向け、くれぐれも甘やかしてはならないと思う。
【追記:訂正】
先月のシリーズで、サッカーの中村俊輔選手について「平成生まれとして初めてA代表に選出された」との記述がありました。彼は1978(昭和53)年生まれです。
Jリーガーとしてのデビューが1997(平成9)年であり
「中田英寿らに次ぐ平成世代」
とすべきところでした。お詫びして訂正させて頂きます。
トップ写真:イメージ(記事の内容とは関係ありません)
出典:Photo by Huseyin Yavuz/dia images via Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。