結局は甘やかす大人が悪い(上)歳末は「火の用心」その3
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・杉田水脈総務大臣政務官が、物議を醸した自身の過去の投稿について、「形の上で」取り消し・謝罪を表明した。
・保守あるいは右派と呼ばれる言論人、それを取り巻くネット言論の中に差別主義が存在することこそ、本当の問題である。
・結局は「甘やかす大人(権力や強い影響力を持つ人たち)が悪い」。
なにを今更、と思われた向きも多いのではないか。
12月2日、衆議院予算委員会において、杉田水脈(すぎた・みお)総務大臣政務官が、自身の過去の投稿について、取り消し・謝罪を表明した。過去の発言全てではなく、ひとつは4年前『新潮45』誌に、LGBT=性的マイノリティの問題について寄稿した際、
「(LGBTは)子供を作らないので生産性がない」
という表現を用いたこと。いまひとつは、2016年に女性差別撤廃を目指すとした国連の会議に参加した際、自身のブログに、
「チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場。同じ空気を吸っているだけでも気分が悪くなる」
などと投稿したこと。現在ブログは削除されている。
当人の公式サイトに、和服姿の写真がアップされていて、日本の名誉と尊厳を守るため、美しい伝統と文化を守るため云々、という一文が添えられているが、まったく悪い冗談としか受け止められなかった。こういうことをネット社会では「ブーメラン」と言う。
取り消して取材したと述べたが、当人の口から出た言葉は、そもそも「大臣(=松本剛明総務相)からの指示」で謝罪する、というもので、謝罪の対象は「私のつたない表現のせいで傷ついた人たち」といったもの。差別発言ではないのか、との追求に対しては、
「差別はあってはならないこと」「差別発言はしておりません」
などと強弁する態度は崩さなかった。語るに落ちたとはこのことで、上記のような投稿が差別発言でないのだとしたら、この世でなにが差別発言なのだろうか。大臣に言われたから仕方なく形の上で謝罪しただけです、と自己暴露したに等しい。
問題は、そのような彼女を擁護する声が結構聞かれることで、一例を挙げれば、2020年に性被害にからんでの発言の中で、
「女性はいくらでも嘘をつける」
と語ったことが問題視された。ある女性ジャーナリストが、
「自分は嘘つきだ、と言っているのでしょうか」
と切り返していたが、色々読んでみると、少々ニュアンスの違う問題であったらしい。もともとは、いわゆる慰安婦問題についての発言の中で、
「10歳で慰安婦にされた」
という韓国人女性の証言を「すぐにバレるような嘘」だと断罪し、
「そのような女性は、平気で嘘をつくものだ」
と付け加えたのだ。これを「左翼マスコミ」が、発言の一部だけを切り取って印象操作を行った、というのが、彼女を擁護する人たちの主張である。
このように「つたない論法」で彼女の発言を正当化できると考える神経が、私には本当に分からない。
10歳で慰安婦にされた、と聞かされれば、不自然に思う人が多いであろうことまでは、理解できる。ただしそれは、現在の日本人の感覚では、という前提がつく。
今なら小学4年生か5年生くらいだが、戦前のわが国では、その年代の女の子が、これも今で言う性風俗産業に売られてしまう事例は(絶対数はさほど多くはなかったようだが)、本当にあったことなのである。
もちろん、これだけでは状況証拠にすらならない。つまり、くだんの韓国人女性の証言が真実だと断定することは、はばかられる。とは言え、逆もまた真なりで「客観的に嘘だと証明できる」と言いながら、その実は具体的な証拠も示さずに人を嘘つき呼ばわりした時点で、政治家としては完全に失格だろう。
もっとひどいのが、今次の問題に関する元航空幕僚長の田母神俊雄氏のツイートで、
「野党が騒ぐから法案採決への影響を抑えようとする自民党執行部の指示だろうが日本の政治は言論が不自由な方向へ向かっているようだ。民主主義では何でも自由に言えなければおかしい」
のだとか。当然ながら大炎上したが、言論の自由には責任が伴うもので、とりわけ公人は、言ってよいことと悪いことの区別に厳しくあらねばならない、といった程度のことさえ理解できない御仁をあらためて論難しても、それこそ生産性がない。
肝心の自民党内部はどうなのか。
もちろん彼女に批判的な議員もいるが、漏れ聞くところによると、
「普段は物静かで、いい人。ネットでの過激な発言は、いささか理解に苦しむ」
などと評する人も結構いるのだとか。
個人的な感想だが、なるほどそういうことか、と納得した。
今のネット社会で、過激な書き込みと当人のパーソナリティーが真逆に近いというのは、珍しくもない話だが、要はどちらを評価するか、ということである。
彼女はもともと「みんなの党」で活動していたが、2012年に「日本維新の会」に鞍替えし、比例区で初当選。2014年の総選挙では落選したが、2017年に今度は自民党から立候補し、比例中国ブロックで返り咲いた。
当人が認めていることだが、落選中の言論活動(たとえば前述の国連の会議に関わる発言!)を、当時の安倍首相や、保守派のジャーナリストである櫻井よしこさんが高く評価し、とりわけ安倍元首相は、公認を強く主張したという。
その後2018年に、これも前述の『新潮45』の騒動が起きたわけだが、この時も安倍首相は、TVの報道番組に出演して、彼女のことを
「まだ若いですから」
と擁護した。当時、彼女は51歳であったのだが、これはおそらく、
「老害だらけのわが自民党にあっては」
という前提がつく話だったのだろう笑。
いや、これはあながち笑い事では済まされない。安倍政権や、熱烈な支持者であった保守あるいは右派と呼ばれる言論人、さらにそれを取り巻くネット言論の中に、コリアンや性的マイノリティの人権など一顧だにしない「差別主義の水脈」が存在することこそ、本当の問題なのだ。
ここで、現在のネット社会では、過激な発言と当人のパーソナリティーがしばしば一致しない、という話を思い返していただきたい。
これは畢竟ネットの匿名性によるものだと考えられてきたのだが、彼女の場合、公人でありながら実名でこうした発言を繰り返してきた。これがすなわち彼女の「人気」の厳選なのであろう。「言いにくいことをはっきり言う」人は、しばしば賞賛されるものだ。たとえその内容が市民社会の良識に照らして到底許されないものであったとしても、彼らの論理はまた別のところにある。
本稿のタイトルが「甘やかす大人が悪い」とした理由も、これでお分かりいただけるのではないだろうか。ここで言う「大人」とは権力や強い影響力を持つ人たち、といったほどの意味なのである。そして今や、安倍元首相のお気に入りであったからこそ、彼女が大臣政務官という要職につき、未だ更迭されないのだということは、誰の目にも明らかではないか。
もうひとつ看過できないのは、今のネット社会では「悪名は無名に勝る」という考え方が、筆的にではなくそのまま通用している、ということだ。
次回、この問題をもう少し考えたい。
トップ写真:東京レインボープライド2022で行進する人々(2022 年 4 月 24 日 日本 東京)
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。