CM史とCM炎上史(中)歳末は「火の用心」その6
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・1969年に人気を博したCM「オー モーレツ」で「モーレツ」というフレーズが流行した。
・さらに70年代、「男は黙ってサッポロビール」というフレーズが話題となった。
・今ならセクハラ・パワハラ認定されそうなCMも結構あったように思う。
昭和の当時に見た「インド人もびっくり」というCMを、長く記憶にとどめることになったと、前回述べた。
もうひとつ、昭和の時代を生きた子供が大いなるインパクトを受けたのが、1969年に人気を博した、
「オー モーレツ」
である。丸善石油のCMで、つまりはガソリンの宣伝だが、モデルの小川ローザが白いミニ丈のワンピースに、なぜかゴーグル付のヘルメットという出で立ちで、車から降りてくる。次の瞬間、猛スピードで別の車が通り過ぎ、スカートがまくれ上がるというもの。
なにしろ商品がガソリンだし、子供に与える影響までは考えていなかったと思うが、昭和の悪童にはよくも悪くも、いや明らかに悪影響だが、ちょっとしたブームを引き起こした。
女子の背後から近づき、あるいはすれ違いざまに、スカートをめくってダッシュで逃げる遊び……いや、遊びと言うのも語弊がありそうだが、ともあれそうした行為を「モーレツごっこ」と称したのである。小学校高学年くらいだと、女子の方がむしろ身体能力が高い例もままあるので、ダッシュで逃げないと恐るべき逆襲のリスクがあった。
当時の私も、なにしろ掃除当番以外はなんでも率先して参加するという「模範的な」小学生だったので、身に覚えがないこともない。
今更「林信吾にセクハラの過去!」などと書き立てるほど、なんとか砲とやらもヒマではないだろうし、そもそも半世紀も前の話で、いくらなんでも時効だろうと思うが、女性読者など、そのようには受け取らない方も、中にはおられるだろうか。
深く反省しております。二度とあのようなことはいたしません。
……なんの話か忘れるところであった。
まず「モーレツ」というフレーズだが、このCMから広まったわけではなく、1950年代から人口に膾炙していたものらしい。
「もはや戦後ではない」
という有名な文言が書かれた『経済白書』の昭和31年版(1956年発行)である。この前年、敗戦から10年目にして、わが国のGDP(当時の言い方ではGNP=国民総生産)が戦前の水準を上回ったことから、こう言われた。
そのような、復興から経済成長への歩みを支えたのは、連日連夜の残業をものともせずに働く「モーレツ社員」たちであったというわけだ。もちろん漢字を当てれば「猛烈」だろうが、単にカタカナの方がなじみやすいと考えられたのか、戦時中に「烈」という漢字が好まれていたことと関係あるのか、色々な見方をする人たちがいて、よく分からない。
ともあれ、わが国における1960年の平均労働時間は2432時間。毎週50時間ほど働くのが当たり前だったのである。
そのせいかどうかまでは分からないが、この「オー モーレツ」というCMに批判が殺到した、という話は聞かない。今思うと、他に標的があったからであろうか。
前に、ドリフターズについての記事を書かせていただいたが、奇しくも同じ1969年に、彼らの代名詞とも言うべき『8時だヨ!全員集合』の放送が始まっている。
前年の1968年には『少年ジャンプ』が創刊され、永井豪の『ハレンチ学園』が連載されていた。前述の「モーレツごっこ」も、実はこの漫画が発信源だと見る向きもあったようだ(たしかにそのような描写があったと記憶している)。
もっとも、今思えば昭和という時代のおおらかさであったのか、ドリフターズのリーダー・いかりや長介は、いくら抗議が殺到しようが、
「下品上等。徹底的にやるぞ」
などとうそぶいていたと聞くし、永井豪に至っては、くだんの『ハレンチ学園』が不良文化財扱いされていたことを(作者自身の回想によれば「こんな漫画を読んで育った子は、将来きっと性犯罪者になる」とまで言われたことがあるそうだ)逆手にとって、舞台となる聖ハレンチ学園に教育委員会が戦車で攻めてくる、というストーリーで連載をかえって盛り上げてしまった。私を含め、この漫画のおかげで日本には教育委員会という組織があるのだと知った小学生は結構多かったはずだ。不良文化財どころか立派な教養書ではないか笑。
他に、今ならセクハラ・パワハラ認定されそうなCMも結構あったように思うが、いずれもYouTubeには動画があふれているので、ここでは逐一触れるまでもないだろう。
話を戻そう。前述の通り「オー モーレツ」が話題になったのは1969年だが、翌70年には
「男は黙ってサッポロビール」
というのが話題になった。
こちらはリアルタイムでは強い印象を受けていない。酒が飲める年齢ではなかったので当然だ。ただ、このCMにまつわる都市伝説があって、それは小中学生でも知っていた。
サッポロビールに就職を志して面接を受けに来たが、なにを聞かれても一言も発しない学生がいた。激怒した面接官が退出を命じると、最後に
「男は黙ってサッポロビール」
と答えたという。その結果、採用されたとか。
いくらなんでも、これが事実だとは考えられないが、男は黙って……というキャッチコピーに、皆がそこまで強く印象づけられたということなのだろう。
CMキャラクターは高倉健。たしかに一見して無駄口は叩かなそうに見える。
なんでも、サッポロビールは口当たりの良さを売りにしていたが、それだけに女性好みといったイメージがあり、主たる消費者であるはずの「モーレツ社員」層の人気はいまひとつだったとか。
私自身は、今ではビール好きで、ドライビールはまだ許せるが発泡酒は金を払って飲むものだと思っていない。国産ビールで好きなのは、麦芽100パーセントのヱビスビールが一番だが、サッポロ黒ラベルも結構いける……という話ではなくて、イメージチェンジを狙って「男の中の男」みたいな高倉健を起用し、無言でビールを飲むだけという斬新な演出を考えついたそうである。
その後「男は黙って……」というのは、お笑いを含めた様々な場で使われるフレーズになっていたが、これも、今ならどうなのだろう。
「女性の立場はどこにあるのか」
となんとか言い出す人がいるかも知れない。
かく言う私自身、常日頃から、男が「俺は男だ」と息巻いて見せたところで、そこからなにかが生まれるものでもないと考えているが、別にこのCMで女性の飲酒をとやかく言っているわけでもないし、もう少しおおらかになってもよいのではないか。
そもそも昭和の時代、ウィスキーのCMに女優が起用され、
「ボトル1本空けられなくて男か」
なんという、今なら確実にNGのキャッチコピーまであった。お互い様ではないか。
次回・最終回において、この問題をもう一度見る。
(つづく。その1,その2,その3,その4,その5)林信吾の「西方見聞録」シリーズ
- 『少しもクールではない「冷笑系」(上)』『歳末は「火の用心」』その1
https://japan-indepth.jp/?p=71573
- 『少しもクールではない「冷笑系」(下)』『歳末は「火の用心」』その2
https://japan-indepth.jp/?p=71601
- 「結局は甘やかす大人が悪い(上)」『歳末は「火の用心」』その3
https://japan-indepth.jp/?p=71751
- 「結局は甘やかす大人が悪い(下)」『歳末は「火の用心」』その4
https://japan-indepth.jp/?p=71872
- 「CM史とCM炎上史(上)」『歳末は「火の用心」』その5 https://japan-indepth.jp/?p=71949
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