今年は「年越しどん兵衛」でも食べようか笑 年末年始に備えて その5
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・CMがきっかけで、「どん兵衛」不買運動が起こる。
・筋違いな不買運動、コアな消費者からも市場からも事実上相手にされない。
・商品を自分の金で買う行為を止め立てしたり、非難する権利など何人にもない。
どん兵衛というカップ麺の存在は、もちろん知っている。ただ、これまで買って食べたことはなかった。理由は、カップうどんだからである。
私とうどん文化の関わりについては、昨年『愛菜よ、死ぬな!』という記事を掲載していただいたので、詳細はそちらに譲るが、小腹が空いた時など、消化がよくてすぐエネルギーに変わるから、重宝な食べ物であることは間違いない。
実際に私は、冷凍庫にパックのうどん玉をいくつか常備してある。ヤカンではなく鍋で湯を沸かし、沸騰したところにうどん玉を入れ、ほぐしてから湯切りして丼にあける。そこに卵を割って、つゆ(醤油でもよいが、やはりだし汁がよろしい)をかけたら釜玉の出来上がり。時間も手間もカップ麺と大差ない上に、むしろ安上がりだ。好みでパスタ用の明太子ソースやミートソースなども「あり」だと思う。
そうした次第なので、モデルのアンミカが、
「サイキョウ(最強)ドンベー ラブ デリシャス 私は200食たべた」
などと唄うCMを見せられたところで、まあノリの良さは認めるにせよ、
「だからどーした」
という程度に受け流していた。このCMがきっかけで不買運動が起きたと聞くまでは。
事の発端について、詳細までは分からないが、マスメディアが取り上げるきっかけとなったのは、12月8日に新藤加菜・港区議が、くだんのCM動画を自身のX(=旧ツイッター)に引用した上で、
「密入国者をCMに使う企業は許されて、トランスジェンダーの問題を指摘した本は出版停止に追い込まれる世の中、ホントに嫌だ。キモすぎ。」
などと投稿したもの(@kanashindo)。公人が知名度の高い芸能人を「密入国者」と決めつけたとあっては、ことは穏やかではなく、炎上した。その後12日付で、
「ご本人が否定したとのことで、一度削除はしております」
と投稿しつつ、擁護の声も数多く寄せられたと、当人は主張しているが。
たしかにアンミカの出生地(1972年生まれ)は韓国の済州島で、4歳の時に一家で大阪に移住している。なんでも、彼女の半生を描いた再現VTR(編集部注:TBS系列『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』2017年3月24日(金))が放送された際、
「着の身着のまま、小舟で日本にやってきた」
という描かれ方をしていたことから、ネットで「密入国説」が広まったもののようだ。
愚かにも程がある、とはこのことで、そもそも一家は大阪にやってきて、そのまま居住権を得ている。
さらには、アンミカが過去に
「日本は世界の恥」
という発言をしたという、その部分だけが切り取られて、だったら日本から出て行け、みたいな声も沸き起こっている。彼女は高校卒業後パリに移住してモデル活動をしているので、日本でも芸能活動をしているとは言え、今さら出て行くも行かないもないのだが笑。
またしても「そもそも論」から語らねばならないが、たしかに彼女はそう言ったようだ。『エンタメ知恵袋』というサイトによると、2018年9月25日放送の『バイキング』(フジテレビ系列)の中での発言らしい。
当時、自民党安倍派に属していた(なぜか今もクビになっていない)杉田水脈議員の、
「LGBTは生産性がない」(『新潮45』2018年8月号)などという寄稿が問題視され、番組でも取り上げられたのだが、激怒したアンミカがそう言ったとのこと。今さらながらだが、杉田議員のこの寄稿や、ネットへの一連の差別的な投稿は各方面からの厳しい批判を受け、後に謝罪に追い込まれている。
ただ、こうした発言を肯定する人たちが一定数いることも事実であり、そこまでは行かなくとも、アンミカに対して、なにもそこまで言わなくとも、といったリアクションを示した人は結構いたようだ。
いずれにせよアンミカの発言は、日本という国や日本人一般を貶めるものではまったくないので、日本から出て行け、などと言われる筋合いはあるまいと、私は考える。
さらに言えば、彼女のこうした歯に衣を着せない物言いを、肯定的に見ていた人たちもいたが、もちろん、そうでない人もいた。しかも彼女は、韓国人としてのアイデンティティを大事にしていて、大阪の公立高校の卒業式にチマチョゴリを着て出席したと聞くし、韓国語を習得するために留学までしている。
もう少し冷静と言うか、アンミカではなくCMそのものがヒンシュクを買ったのではないか、と見る向きもある。
このCMは、最近まで吉岡里帆と星野源のコンビが起用されており、とりわけ吉岡里帆の「ゴンぎつね」姿が好評だった。それがいきなり「サイキョウ ドンベー」では、麺を食う以前に面食らうのも無理はない、ということのようだ。
どちらが正鵠を射た見方であるのか、おそらく両方の要素があるのではないかと思われるが、いずれにせよ不買運動とは了見を図りかねる話である。
一部サイトでは「日清消滅か 株価大暴落」などと囃し立てていた。困った人たちだ。
株価は日々刻々変動するものだが、この原稿を書いている14日の時点で、過去1ヶ月のデータを見てみたら、なんと195円(1.32%)上昇しているではないか。
大きな顔をして「解説」する前に、うどんの汁で顔を洗ってから、ゆっくりデータを見直した方がよい。明らかに筋違いな不買運動など、コアな消費者からも市場からも、事実上相手にされていないのである。
私は冒頭で述べたように、どん兵衛を買って食べたことはない。年越しどん兵衛でも、というタイトルも冗談である、実はどん兵衛には蕎麦もあって、年越しどん兵衛というCMも流れている。なんと、太麺だとのこと。呆れてものが言えない(言ってるだろが、というツッコミは禁止)。
蕎麦好きの東京人に太い蕎麦を食えなどとは、ケンカをふっかけているに等しいので、私にとっては、こちらのCMの方がずっと腹立たしい。
と言って、林信吾までが不買運動に同調したとあっては一分が立たない。当てつけにもならないだろうが、この原稿を書き終えたらスーパーに出向いて、どん兵衛を半ダースほど買い、一人暮らしの友人たちに配ってやろうと思う。
真面目な話、商品が商品である限り、全ての人に「買わない自由」がある。しかし同時に、私が、合法的に売られている商品を自分の金で買う行為を止め立てしたり、非難するする権利など何人にもない。
たかがCMのことでいちいち目くじら立てるより、この年の瀬は、考えねばならないことが他にたくさんあるはずだ。
トップ写真:カップ麺(イメージ:本文と関係ありません)出典:Yuto photographer/GettyImages
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。