無料会員募集中
.社会  投稿日:2022/12/20

CM史とCM炎上史(上)歳末は「火の用心」 その5


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

 

【まとめ】

・CMを見て最近のトレンドを知ることもできれば、結構楽しめる作品も多い。

・とりわけ印象に残ったCMと言えば、「インド人もびっくり」というやつである。

・このCMは話題性に関しては、まず上々だったが、中には逆効果だと言われてしまった例もある。

 

 YouTubeは割とよく見る方だが、CMが流れないようにする、という設定はしていない。

 私にとっては、どうせ「空き時間の友」なので、余分なお金を払ってまでコンテンツに集中したいとは思わない。

 昭和の時代にはよく、CMが邪魔なのでNHKしか見ない、などという高齢者がいたものだが、私はそのようには考えなかった。

 もちろん時と場合によってこの考えは変わることもある。というのも、TV映画は前々からNHK・BSでしか見ない。映画だけはCMでぶつ切りになるのは耐えがたいし、本編もあちこちカットされてはたまらないからである。

 民放のCMは許容範囲なのか、と問われるかも知れないが、私の答えは「ありかなしかで言えば、あり」だ。ドラマなど、いいところでCMというのは織り込み済みの事柄だし、CMタイムはトイレタイム、という言葉もある。

それ以上にCMを見て最近のトレンドを知ることもできれば、結構楽しめる作品も多い。

 平成以降、比較的最近のCMについては項をあらためて述べさせるとして、私がTVを見始めた昭和の高度経済成長期、いま少し具体的には前回の東京オリンピックの当時だが、とりわけ印象に残ったCMと言えば、「インド人もびっくり」というやつである。

 実に半世紀以上も、このフレーズを忘れ去ることはなく、物書き稼業に入ってからも、幾度か「再利用」した。たとえば私の最初の単行本である『英国ありのまま』(中公文庫・電子版アドレナライズ)の中で、「ロンドンは食事がまずいという定評があるが、中華料理、インド料理、イタリア料理に関しては、それぞれ本場からコックが来ているのでおいしい」との文脈で、カレーについて、

「インド人は多分びっくりしないと思うが、日本人にとってはびっくりするほど辛くてうまい」

 と書いたことがある。

 フィクションでも『真・大東亜戦争』(清谷信一と共著。ワニノベルズ・電子版アドレナライズ)の中で、日本軍がインド国民軍(反英独立派)と協同するのだが、食事のシーンで

「日本兵が皆カレー料理を喜んで食べるので、インド人がびっくりした」

 と書いたこともある。実際には、インドのカレーは日本人好みのカレーとは別物なので、書いた当人が言うのもおかしなものだが、眉唾と言われても仕方ない。さらに言えば平成生まれには通じないネタであっただろうか。 

話を戻して、くだんのCMだが、どこの会社のもので誰が出演していたのか、まったく記憶にないのであった。

 あらためて調べてみたところ、1964年(まさしく前回の東京オリンピックの年だ)に発売された「特製エスビーカレー」のCMであった。なんでも、初めてプラスチックトレーを使用した固形のカレールウであったとか。

 YouTubeはまことに便利なもので、当時のCMまで見ることができた。もちろん白黒放送だが、ターバンを巻いてインド人に扮し、見事な開脚ジャンプを披露したのは芦屋雁之助。放浪の画家・山下清に扮した『裸の大将』シリーズは楽しく見ていたが、こんなこともしていたのか笑。

 これはこれで、もちろん面白かったが、同時に疑問も沸いた。

 一体なんのCMだか分からないままに、インド人もびっくり、というキャッチコピーだけが半世紀近くも記憶に残ったというのは、果たしてCMとしては成功作だったのか。これがひとつ。

 いまひとつは、令和の世でこれが放送されたら、インド人を笑いものにしているとかなんとか、問題にならならないだろうか、ということ。

 1970年代の話になるが、手塚治虫が『ブッタ』という漫画を発表した際、うっかり釈尊が左手に食べ物を持っている絵を描いてしまい、

「インド大使館の人から、電話で怒られた」(当人の弁)

 という逸話があるのだ。

 釈尊ことゴータマ・シッタルーダはネパールのシャカ族の王子なのだが、左手を不浄と見なす風習は共通しているのだろうか。そもそもこれはヒンドゥー教から来ているはずだが。

 もっとも、ロンドンで知り合ったインド人にこの話を聞かせたところ、

「それは本当にシャレにならないよ」

 と顔をしかめながら言われたこともあるので、笑い事ではないのかも知れない。

 いずれにせよ、このCMは話題性に関しては、まず上々だったと言ってよいが、中には逆効果だと言われてしまった例もある。

 このCMと同じ時期に『少年マガジン』に『ハリスの旋風(かぜ)』(ちばてつや)という漫画が連載され、アニメ化された。スポンサーは当時チューインガムのメーカーとしては最大手と称されていたハリス食品で、タイトルも名称使用許可を得て決まったのだとか。

 つまりは今で言うコラボ作品だ。当時そのような言葉はなかったと思うが。

 これがどうして逆効果などと言われたのかというと、主人公が汚らしい男の子だったため、お菓子メーカーのイメージにはそぐわない、などと言われたのだ。

 おかげでハリス食品の収益が激減し、倒産してしまったという都市伝説まで生まれたが、事実はもちろん違う。

 連載開始の前から、具体的には1964年に、創業者の体調が思わしくなくなり、カネボウと統合して社名もカネボウハリスとなっていた。現在のクラシエフーズである。

 いずれにせよ、この漫画・アニメをスポンサードしたことで、同社の売り上げが大きく伸びたという話は聞かないし、逆効果は少々言い過ぎだとしても、宣伝効果には疑問符がつく。

 そうではあるのだけれど、直接的に商品を売り込むことだけがCMの役割ではないということも、また事実である。

 名前を言えば誰でも知っている大手広告代理店の社員から、私が直接聞かされた話だが、単価がべらぼうに高いCMを流すのは、

「CMを流しているほどの大手だから」

 ということで、企業のステータスを高める目的なのだとか。

 そう言われてみれば、やはり昭和の時代から耳になじんでいる(1973年放送開始)

「この木 なんの木 気になる木」

 という日立のCMなど、グループ企業の名前が列挙されるだけだ。ちなみに、本当にハワイにある巨木なのだとか。

家電メーカーつながりで、もうひとつ例を挙げるなら、

「明るい ナショナル」

 も耳になじんでいた。現在はパナソニックだが。

 たしかにこれらは個別具体的な商品の売り込みではなく、企業イメージを定着させるためのCMだと言えるだろう。

 その一方では、CMから新たな流行(語)が生まれる例もあった。

 次回は、その話を。

(つづく。その1その2その3その4

トップ写真:カレー イメージ

出典:karimitsu/GettyImages




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."