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.国際  投稿日:2023/1/6

スー・チー裁判結審 禁固計33年に


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

 

【まとめ】

・アウン・サン・スー・チーさんに対する裁判全てが結審し、合計33年の禁固刑が下された。

・軍政はスー・チーさんや「国民民主連盟」を排除することを目的としており、「民主選挙」は完全な官製選挙になろうとしている。

・ミャンマー問題でASEANは内部分裂の危険をはらんでおり、大きな節目を迎えている。

 

ミャンマーの裁判所は去年12月30日、ノーベル平和賞受賞者で民主政府の実質的指導者だったアウン・サン・スー・チーさんに対する反汚職法違反容疑5件の裁判で禁固計7年の実刑判決を下し、19件に及ぶ容疑の裁判全てが結審した。その結果、スー・チーさんの禁固刑は合計で33年となり、77歳というスー・チーさんの年齢を考えると実質的な終身刑ともいえる長期の禁固刑となった。

ミン・アウン・フライン国軍司令官率いる軍事政権はこの裁判でスー・チーさんの政治生命を完全に断つとともに軍政に抵抗を続ける民主化勢力への影響力低下や抵抗の士気を挫くことを狙った結果といえる。

ミャンマーの司法は軍政の強い支配下にあり、公平で公正な裁判は不可能な状況から全ての容疑で無罪を主張していたスー・チーさんが控訴しても判決が覆ることは不可能であることから禁固計33年は確定されることになる。

 

★事実無根の容疑での裁判

 スー・チーさんはクーデターが発生した2021年2月1日に軍によって身柄を拘束され、首都ネピドーの自宅に軟禁されて19件の容疑で訴追され、裁判の被告の身となっていた。

 容疑は金塊や現金をビジネスマンから受け取ったとされる反汚職法違反容疑からトランシーバの海外からの不許可購入・所持による通信法と輸出入法違反容疑、2020年の総選挙時のコロナ感染防止対策の不備による自然災害管理法違反、扇動罪による刑法違反など多岐に渡り、2021年12月に始まった初公判以来、裁判が続いていた。

 この間次々と実刑判決が下され禁固2年から5年が言い渡され、最後に残っていた5件の反汚職法違反容疑の裁判で計7年の禁固刑が12月30日に言い渡され、禁固の合計が33年となった。

 

★スー・チーさんの今後

 スー・チーさんは当初ネピドー市内の自宅で軟禁状態に置かれそこから法廷に通っていたが、その後2022年6月にネピドー郊外の刑務所の独房に収監され、刑務所内に設けられた特別法廷で審理が続けられていた。

 この間、1度だけ法廷でのスー・チーさんの写真が公開されたが、2021年10月に裁判所が弁護団に法廷でのやり取りやスー・チーさんの状態を国内外のメディアやNGO関係者、外交官などに話すことを禁止したため動静が伝わらない状況が続いていた。

 今回全ての裁判の結審を受けて今後スー・チーさんはネピドー市内の自宅での軟禁状態に戻されるとの情報がある一方で中心都市ヤンゴンの悪名高い政治犯収容所であるインセイン刑務所に移送されて収監されるとの観測もでている。

 いずれにしろ軍政は2023年8月までに実施するとしている「民主的な選挙」からスー・チーさん自身や民主政府の与党だったスー・チーさんが率いた「国民民主連盟(NLD)」を完全に排除することを目的としており、

「民主選挙」は完全な官製選挙になろうとしている。

 軍政を支持する政党も出現しており、こうした政党が参加することで軍政は「民主的で公平な選挙」による支持、信任を経てそれを背景に軍事支配を今後も続けることを企図しているとみられている。

 

★依然続く戦闘、人権侵害

 しかし軍政はクーデターからまもなく2年を迎えるものの、国内の治安状況は不安定の状況が続いており焦燥感を募らせている。

 国境周辺を拠点とする少数民族武装勢力、民主政府の復活を目指す武装市民抵抗組織国民防衛軍(PDF)」との戦闘が各地で激化している。

 それに伴い一般市民の犠牲も増加の一途をたどり、不当逮捕、拷問、虐殺といった人権侵害事案も深刻な状況になっている。

 反軍政の立場から報道を続ける独立系メディアは軍による民家の放火や戦闘機やヘリコプターによる空爆、兵士による市民虐殺などの悲惨な実状を犠牲者にモザイクなどを施して伝えている。

 タイに拠点を置くミャンマーの人権団体「政治犯支援協会(AAPP)」によるとクーデター発生以来12月29日までに軍政によって不当逮捕された市民は1万6651人で殺害されたのは2685人に達しているという。

 

★行き詰るASEANの仲介工作

 こうした状況でミャンマーも加盟国である東南アジア諸国連合(ASEAN)は2023年、議長国となったインドネシアはシンガポール、マレーシア、フィリピンとともに軍政に対して強硬派である国々とミャンマー問題の打開の道を探り、行き詰った交渉をなんとか進展させようとしている。

 しかしミャンマー軍政に融和的とされるタイがカンボジアやラオス、ベトナムとミャンマー軍政代表を招いて「非公式ASEAN外相会議」を12月22日にバンコクで開催した。

 同会議にはインドネシアなどの「強硬派」は不参加を決めたことから「非公式会議」となったが、こうした動きはASEANの内部分裂の危険をはらんでおり、2023年にASEANのミャンマー問題が進展するのか後退するのか、大きな節目を迎えようとしている。

トップ写真:ミャンマーのヤンゴンで、軍事クーデターに対する抗議のために米国大使館の前に集まり、横断幕を持つデモ参加者たち。2021年2月16日

出典:Photo by Hkun Lat/Getty Images

 

 




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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