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.政治  投稿日:2023/1/12

スマホは自分で修理する時代?議論呼ぶ、NY「修理する権利」法


柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)

 

【まとめ】

・ニューヨーク州でアメリカ初の「デジタル公正修理法」が成立し、今年7月1日から施行。

・EUではすでに「修理する権利」を認める法案が2020年に採択されている。

・今後メーカーは、製品の完成度と修理のしやすさを天秤にかけた製品を開発していかざるを得なくなる。

 

私事で恐縮だが、その昔、独身だった頃を最後に、スマホを新品で買ったことがない。

我が家では現在、私、妻、息子の3人がそれぞれスマホを所有しているが、毎年のように出る新機種を追いかけるほどの興味も無く、型落ちした古い機種を新品でなく、中古で購入している。現在までに家族3人で買い替えたスマホは、今使っているものも含めて過去10年で5台。これで全部である。

スマホを数年使い続けていると、避けて通れないのがバッテリーの劣化である。仮に新品で買っても3年程度使い続けると、バッテリーに何らかの問題が生じる。通常だと、そうなったらユーザーは、バッテリー交換の修理に出すか、そのタイミングで機種変、という流れになるのだろうが、私は自分で、スマホのバッテリー交換をしてそれらの寿命を引き伸ばしている。

自分と家族分のスマホ全部であるから、この10年でタブレット、パソコンなども合わせて10回程度はバッテリーの交換をした。加えて、損傷したスマホのスクリーンの修理なども数回以上は行った。

一番最初にバッテリーなどを自分で交換、修理しようと思ったのは、スマホはパソコン並みに高価であるし、加えて、まだ使えるものを買い換える必要性を感じなかったからでもあるが、そもそもスマホなどの修理代が高い、という事が大きい。型落ちを中古で買ったので、本体価格が安かった分、相対的な割高感がなおさらある。

修理に出すか、新たにスマホを買うしか道がないのか?

だが、冷静になって考えてみれば、自分で修理するという選択肢があるのではないか、と思い始めた。ケチ精神、ここに極まれり、である。

デバイスを開けてしまうと、メーカー保証が受けられなくなるとのことだったが、もともと中古で買ったのでそんな事を心配する必要はない。

ネットで検索すると、YouTubeなどで、微に入り細に入りこれでもか、というくらい、修理のノウハウを解説しているサイトが多く見つかった。

交換する部品も、検索してみると、バッテリー、液晶スクリーンなどのパーツも、数十ドルで販売されており、修理に出す金額の何分の1かで購入できることがわかった。

修理に失敗して「安物買いのなんとか」になる可能性も十分あり得たが、職業柄、興味もあって、思い切って自分でやってみることにしたのだが、決して最初から修理に自信があったわけではない。

ネットで動画などを見て、注意点などを細かく、何度もシュミレーションした。手順を頭に叩き込み、途中までやって無理そうだったら、どの段階なら引き返すことができるのかも、修理を始める前に細かく検討した。

そして、とにかく焦らずを心がけ、慎重に時間をかけてやってみたら、予想外に簡単に出来てしまったのであった。

ネット上で指摘されている注意点などを確実に守れば、誰でもできる、とは言わないが、さほど高度な作業ではなかったと思う。個人的な感触では、子供に、細かなキャラ弁を作るママたちの技術のほうがよっぽど高度な気がした。

ネット購入した部品は、「修理キット」になっており、部品以外にも、修理に必要な特殊ドライバーなどのツールがすべてセットになって入っている。必要なものが全部入ったこのキットで、価格は20〜40ドル程度であり、最初にネット検索した時には、その安さに拍子抜けした。取り寄せて見てわかったが、交換バッテリーなど、すべてが入ったこの修理キットを手に入れれば、改めて何かを用意する必要がない。

例えば旅先でネット注文し、送ってもらえれば、何も持っていなくともそこで全て修理できる手軽さである。

ただし、修理マニュアルは事前に自分で検索しておく必要がある。

写真:「バッテリー交換キット」の中身。(筆者提供)

交換用大容量バッテリー、スクリーン取り外し用吸盤、特殊ネジ用ドライバー数種、ピンセット、パーツ取り外し用ヘラ、防水シール。中国製。正規業者以外は純正品を手に入れられない。

だが、当然ながら、メーカー側はそういう行為を推奨していない。

正規店かライセンス店でしか修理はしてはならず、それ以外では、たとえデバイスを開けるだけでも、メーカー保証が受けられなくなるという。

しかし、ユーザーからすれば、メーカーに修理に出すと、先方が一方的に決めた、場合によってはべらぼうに高い代金を支払う他は、修理の選択肢が無いのだ。

よく考えてみれば、これはおかしな話ではないか。

消耗品であるクルマのタイヤは自分で探してきて自分で交換してもよいのに、同じ消耗品でもあるスマホのバッテリーは、なぜ、ユーザーが自分で修理してはいけないのだろう?

アメリカの消費者団体などは、ユーザーには、メーカーによる修理しか選択肢がないことから「修理市場をメーカーが独占している」と、事態を問題視してきた。

去る2022年12月28日、ニューヨーク州でアメリカ初の「デジタル公正修理法」にキャシー・ホークル知事が署名、今年7月1日から施行されることとなった。

「デジタル公正修理法」とは、消費者には「デジタル機器を自分で修理できる権利」があり、デジタル機器メーカーにそのための純正部品の提供、修理マニュアルの公開などを義務付けた、全米初の法律である。

事は、2012年にマサチューセッツ州で可決された「自動車所有者の修理の権利法( 単にRight to Repairとも呼ばれる)」に始まる。

今回はデジタル機器を対象にした「修理する権利」法案で、昨年7月に州議会で可決、州知事の署名を待つのみ、となっていた。昨年末の期限までに知事が署名しなかった場合、法案は差し戻しとなり、その成立が危ぶまれていたが期限直前にホークル知事が署名、成立となった。

署名までに時間がかかった背景には、複数の大手デジタル機器メーカーが法律の施行に反発、強力なロビー活動による圧力があったから、とされる。

今、この記事を読まれている方は、自分が使っている電化製品に致命的な故障が発生したら、どうするだろうか?

「製造メーカーに持ち込まないと修理できないので面倒」「修理に出すより、買ったほうが安い」などの理由で、まだまだ使えるはずの電気製品を捨てたりした経験がおありではないだろうか?こういう状況が発生するたびに、貧乏性の自分は「まだ使えるのに」と、後ろめたい気持ちにさせられる。

まだまだ使える製品を、故障したらから、と廃棄、使い捨てにする風潮への非難や、疑問は昔からあった。

今回の法律が成立した背景には、2021年7月に、バイデン大統領の指示で、FTC(連邦通信委員会)が「修理する権利を制限するメーカーの慣行に対する法的処置を強化する」と発表したことも大きい。その影響もあってか、今回の法案成立に先立つ昨年4月、アップルは、ユーザーに純正部品やマニュアルを提供し、デバイスを自分で修理することができるようにしたセルフリペアサービスを開始した。サムスン、グーグルもその流れに追従する姿勢を見せている。

実はこれらの動きはヨーロッパの方が早かった。

2020年、EUではすでに「修理する権利」を認める法案が採択されている。

根底には、メーカーしかできなかった修理を、自分でもできる、という選択肢を消費者に与えることで、廃棄される機器を減らし、持続可能な循環型経済、社会を目指す、という考え方がある。この流れはもはや世界的な流れであり、今後、この流れは加速する方向に動くだろう。フランスでは電気製品に「修理のしやすさ」のスコア表示を義務付け、今後は消費者はそれを見て、製品を選ぶこともできるようになるという。

「修理する権利」法とは、言い換えれば、メーカーは今後、消費者が自分で修理もできるように、修理しやすい製品を提供していかなければならない、という流れを促すことにつながる法律でもあろう。

製品を買い換えるより、今、持っているものを長く使いたい、という消費者のニーズは今後、ますます増えていくはずだ。実際のところ、スマホの買い替えサイクルは年々下落傾向にあるというのも、その流れを裏付けている。

だが、個人的な意見ではあるが「修理する権利」が認められても、実際にユーザーがその権利を行使できるようになるのは今後「修理しやすい製品」が出てからのことになるだろうと想像する。

バッテリー交換をやってみて思ったのだが、基本、作業は全体を通してかなり細かいと言え、1ミリ以下のネジを外して取り付ける作業なども必要となる。ネジの締め方の強さにも実は経験がいる。これだけでもやったことのない人には難しい作業ではある。

写真:スマホの中のネジ。1〜2ミリ前後。(筆者提供)

バッテリーはリチウム・ポリマー電池で、リチウムを含ませてあるポリマーがゲル状になっているため、大変柔らかい。万が一扱いを間違えてドライバーの先端などで傷つけてしまうようなことがあると、重大な発火事故に繋がりかねないリスクもある。

 

 

写真:友人から持ち込まれたパソコン。(筆者提供)

旧機種のため、発売時のOSのバッテリー保護のプログラムが充実していなかったため、内臓のリチウム・ポリマー電池が、熱による化学反応でパンパンに膨れ上がり、キーボード操作に支障をきたしていた。交換したバッテリーの費用は60ドル。リペアセンターに持ち込むと数百ドルかかる上、数日の預け入れとなるが、自分で交換すれば15分あまり。

結局の所、今後メーカーは、製品の完成度と、修理のしやすさを天秤にかけた製品を開発していかざるを得なくなるのではないか。多少、新たな機能やデザインが損なわれても、消費者は、持っているものを長く使うために、修理しやすい製品のほうを徐々に向いていくようになるのではないだろうか。

ちなみに、ユーザーによる日本でのスマホのバッテリー交換であるが、スマホを正規店か、登録修理業者以外が分解すると「技適マーク」の認証対象外となり、再度組み立てて電源を入れた途端、「無線機」でもあるスマホは違法電波を出したことになり、電波法違反に問われ「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」という怖い罰則もあるそうだから、自分で行うのは、現時点ではやめておいたほうが良いだろう。

しかしながら将来を考えれば、今回のNYでの法律の成立やヨーロッパでの流れは、デジタル機器の製造に大きな変化をもたらすきっかけにもなり得る。

スマホ修理の問題のみならず、日本のメーカーが、ゲーム機、デジタルカメラなどを、世界のマーケットに投入し続ける以上、いずれ、日本にも影響が及ぶことは避けられないだろう。

トップ写真:スマホの劣化した内蔵バッテリーの取り外し作業(筆者提供)




この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー

1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。

柏原雅弘

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