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.国際  投稿日:2023/2/16

中国の脅威への対処法 その6 軍事へのタブーを捨てよ


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

【まとめ】

・日本では中国の軍事力について論じられることが極めて少ない。

・アメリカでは政府が中国軍事力の報告を義務付けられており、民間研究結果も一般公開されている。

・日本の中国とのかかわりに安全保障という指針を導入することが不可欠。

 

日本に対する中国の脅威の核心は軍事である。中国共産党政権は日本に対する政策に敵対的な要素を多々盛り込んでいるが、現実にはまず第一に日本の安全や独立を脅かすのは、その強大な軍事力である。

だが日本側のその中国の軍事動向への反応はきわめて不自然な状態が続いてきた。日本の国家安全保障にとって中国の軍事力の実態を知っておくことは致命的な重要性がある。

ところが日本側の官でも民でも、その中国の軍事力について論じることがきわめて少ないのだ。

たとえば日本の国会で中国の軍事動向が論じられることがまずない。尖閣諸島の日本領海に中国の武装艦艇が頻繁に侵入してきても、国会の衆議院でも参議院でも、その中国側の軍事攻勢の実態や背景について議論が展開されることが皆無に近いのである。

事態はまさに日本国の国家安全保障への重大侵害であるのに、だ。

日本の民間でも中国の軍事動向の研究に正面から取り組むという学者や研究者は、これまた皆無に近い。かつては杏林大学の平松茂雄教授がほぼ唯一の民間専門家としてその研究成果を発表していたが、最近では目にしなくなった。

日本の学界では日本学術会議の軍事忌避のように、とにかく「軍」という文字が出れば、身を引くというきわめて不自然な傾向がある。だから日本に深刻な影響をもたらす中国の軍事についても、一切、忌避ということなのだろうか。

この点はアメリカとくらべると対照的である。アメリカの連邦議会上下両院では中国に関する議論が出ない日はなく、とくに中国の軍事動向の批判的な提起は頻繁となっている。

上下両院にそれぞれ、軍事委員会、外交委員会、情報委員会という組織があり、中国の軍拡は常にそれらの厳しいスクリーンに引っかかっている緊急の課題だといえる。

また行政府の側でも、国防総省が毎年中国の軍事動向についての詳細かつ膨大な報告書を作成し公開するとともに、議会へ送付している。

この国防総省による中国軍事力の報告は、特別な法律によって義務づけられた政府側の責務なのである。

アメリカの民間研究機関でも中国の軍事動向は盛んである。中国の軍事力を学問的な研究の主題としている若手や中堅の学者も常にその数を増している。これら専門家は大学や研究所を舞台として活動し、その研究結果の多くは一般向けにも公表される。

だが日本の状況は正反対に近い。日本では民間でも中国の軍事の研究や論議はタブーのようだといえる。最近の日本の民間では中国の軍事力について研究し、その結果を発表するという専門家が見当たらないのだ。

防衛省や自衛隊の情報収集部門にはもちろん中国の軍事動向を常時、追うメカニズムがあるだろう。だが一般の国民にも届くという調査や研究ではない。

主要メディアの間では朝日新聞のように、中国の軍事脅威を指摘する側の報告を「軍事脅威論」という表現で単なる「論」扱いの矮小化をする。中国の脅威を伝える側に「反中」というレッテルを貼る。長年にわたり、そんな現象の方が多かったのである。

中国との経済交流に安全保障、つまり軍事いう要因をからめて考える志向も、ごく最近までの日本にはまったくといってよいほど、なかったといえる。

日本側が経済活動という範疇で中国側に軍事転用できる製品や技術や機材を提供することも、まったく無規制だった。

最近になってやっと他の諸国なみに経済安全保障の概念が提起されるようになったのだ。

そもそも中国に関する経済安全保障という概念は中国の軍事動向への関心や警戒があってこそ、生まれてくるのである。中国の軍事への無関心、あるいは見て見ぬふりをする故意の無注意の下では、そもそも経済安全保障という認識が生まれない。

だが、いまや中国の軍事動向が日本の安全や独立に巨大な危険をもたらしうるという認識は、日本側一般でもかなり広まったといえる。

だからこれからは日本の中国とのかかわりに安全保障という指針を導入することが不可欠なのだ。安全保障面で日本を敵視する相手の実態を正確に把握するには、防衛、つまり軍事というプリズムをも通してその相手を透視することが欠かせない。中国の考察では軍事への注意が不可欠なのである。

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トップ写真:天安門広場で、中華人民共和国建国 70 周年を祝う軍事パレードに参加する中国の兵士(2019年10月1日、中国・北京)出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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