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.国際  投稿日:2023/2/22

南シナ海の状況 比が国際社会に訴え


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・「ミュンヘン安全保障会議(MSC)」がドイツのミュンヘンで開催された。

・フィリピン外相は中国による嫌がらせが常態化している南シナ海問題で、国際法に基づく地域の安定が不可欠だと訴えた。

・マルコス大統領は、中国による南シナ海での一方的な行動を批判している。

ドイツのミュンヘンで2月17日から19日まで3日間に渡って開催された「ミュンヘン安全保障会議(MSC)」。

 

各国の外交、国防関係者が一堂に集うこの会議で、フィリピンのエンリケ・マナロ外相が中国による嫌がらせが常態化している南シナ海問題を取り上げ、会議参加国に国際法に基づく地域の安定が不可欠であることを訴えた。

また本会議とは別にマナロ外相は中国外務省高官との個別会談にも臨んだ。

最近南シナ海で中国海警局の船舶による比漁船への妨害や比沿岸警備隊艦艇に対するレーザー照射問題で強い抗議を改めて伝えた。

フィリピン国内では南シナ海で中国艦船がフィリピンの排他的経済水域(EEZ)内に侵入して不法行為を続けていることへの世論の反発が高まっており、レーザー照射はフィリピンへの「武力行使」だとして比米相互防衛条約(MDT)」の発動を求める声も出ている。

マルコス大統領「1インチも譲らない」

こうした中マルコス大統領は18日、フィリピン・ルソン島バギオにある陸軍士官学校の式典に参列して演説。

領海・領土問題では「1インチも譲るつもりはない」と述べ、南シナ海の領有権問題で中国に一切譲歩することはないとの強い決意を改めて表明した。

▲写真 陸軍士官学校の式典に参列したフィリピンのマルコス大統領(2023年2月18日、フィリピン・ルソン島バギオ)出典:REPUBLIC OF THE PHILIPPINES GOVPH

演説の中でマルコス大統領はさらに「平和という理想にそぐわない国によって地域、国際社会の安全と安定を脅かす緊張が高められている。フィリピンは憲法と国際法に従い主権と領土を守り続け、いかなる領土も手放すことはない」と強調し、中国による南シナ海での一方的な行動を批判した。

また、中国海警局の船舶によるレーザー照射問題でフィリピン国内で高まっている「比米相互防衛条約(MDT)」の発動について言及した。マルコス大統領は演説の後、集まった報道陣に対して「もしMDTを発動すればこの地域の緊張を一気に高めることにもなり逆効果となる」と述べてMDT発動には慎重な姿勢を明らかにした。

■国際社会の協力と理解求めて

マルコス大統領の南シナ海問題への対処は対中融和策を取っていたドゥテルテ前大統領とは異なり、2022年6月の大統領就任直後から中国に対して経済問題では協力する姿勢を取りながらも安全保障問題、領有権問題では厳しい姿勢を貫いている。

2023年1月に訪中したマルコス大統領は習近平国家主席との首脳会談で経済問題に加えて南シナ海での中国艦船による比漁船などへの不法行為が増加し緊張が高まっていることに関しても協議したとされ、「友好的な協議を通じて対処していく」と外交交渉で問題解決を図るとの方針で一致したとされている。

その合意があるにも関わらず今回のレーザー照射問題が起きたことは、マルコス大統領の中国への信頼を裏切るに等しい行為であり、外交ルート(比在中国大使館)を通じた抗議に加えて黄渓連中・中国大使をマラカニアンの大統領官邸に呼び出してマルコス大統領自身が遺憾の意を伝えるという異例の行動にも表れているといえる。

こうしたこともありミュンヘン安保会議(MSC)の席で参加した約200人の各国関係者に南シナ海で今起きていることを伝えて国際社会と理解を共有することも中国への「圧力」になるとの思惑がフィリピン側にあったのは間違いない。

ウクライナ情勢と各国による経済支援、軍事支援、ロシア制裁が主要なテーマであった。わずかに東アジア問題として北朝鮮の核開発などが取り上げられたもののフィリピンが提起した南シナ海問題はほとんど注目されなかったという。

■相変わらず続く中国の嫌がらせ

2月20日の比紙「インクワイアリ」のネット版は南シナ海では2月6日に発生したレーザー照射問題に伴う14日の中国への厳重な抗議があったにも関わらず中国海警局の船舶などによる比漁船に対する嫌がらせ行動などが相次いでいることを報じた。

フィリピン軍艦艇が座礁して実効支配を続けている南シナ海のアユンギン礁周辺海域やスカボロー礁の礁内で漁業を続けるフィリピン漁船に対して中国民兵とみられる人員が乗り組んだゴムボートなどが接近して「漁業をするな」「礁の外に立ち去れ」などと言われて進路妨害や操業への嫌がらせが起きているという。

こうした中国の行動は1月の比中首脳会談での合意を踏みにじる行為であり、2016年にオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所(PCA)が出した「中国が主張する南シナ海の九段線とその囲まれた海域での歴史的権利は国際法上の根拠がなく国際法に違反する」という判断を無視し続けている中国の姿勢と同じである。

こうした中国による「自分たちに都合の悪いことは無視する一方で都合のいい主張を力づくででも押し通そうとする身勝手さ」が南シナ海問題でも幅を効かせているのが現状で、それを何とか打破しようとしているのが今のマルコス政権といえるだろう。

トップ写真:ミュンヘン安全保障会議でオンライン演説するウクライナのゼレンスキー大統領(2023年2月17日 ドイツ・ミュンヘン)出典:Photo by Johannes Simon/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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