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.国際  投稿日:2023/2/3

中国は信頼できない 比有力紙コラム


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・比・中首脳会談での合意にも関わらず、中国が漁船への妨害行為繰り返す。

・習近平国家主席の中国が信頼できないことをマルコス大統領は理解すべき。

マルコス大統領、今後どこまで南シナ海問題で中国に対し「法の秩序」に基づく交渉ができるか。

 

フィリピンの有力紙が中国・習近平国家主席は信頼できない」とする論説を掲げて中国の南シナ海における海洋進出政策を鋭く批判するコラムを掲載した。

フィリピンの有力英字紙フィリピン・スター」は1月27日、「中国による2回の侵入を受けてマルコス大統領はなにをすべきか」と題する同紙コラムニスト、ガッチャ・ヤリウス・ポンドック氏のコラムを掲載し、最近の中国による南シナ海のフィリピンの排他的経済水域(EEZ)への相次ぐ侵入事案を取り上げて中国を批判した。

フィリピンのマルコス大統領は1月3日から5日まで中国を公式訪問し習近平国家主席との首脳会談に臨んだ。

首脳会談では経済協力などが主要議題となったが、フィリピンを出発前に「南シナ海問題にも言及する」と約束していたマルコス大統領は習近平国家主席との間で「中国は南シナ海でのフィリピン漁民の漁業を妨げない」との内容で合意に達した」、と成果を帰国後に強調していた。

 

★相次ぐEEZ侵入事案発生

 しかしマルコス大統領がフィリピンに帰国後1週間以内にまず、パラワン島沖にあるアユンギン礁付近の海域で操業中のフィリピン漁船を中国海警局の船舶などが妨害して追い払うという行動に出た。

 さらに2012年から中国が実効支配しているルソン島サンバレス州沖のスカボロー礁(フィリピン名パナタグ礁)の浅瀬に中国のゴムボート11隻が展開して1月9日にフィリピン漁船の操業を妨害したという。

 アユンギン礁にはフィリピンが戦車揚陸艦を座礁させてそこに海兵隊員を常駐させて実効支配を主張しており、スカボロー礁と並んで中国との間で領有権問題が争われていいる地域である。

 

★信頼できない中国を理解すべき

 フィリピン・中国の首脳会談での合意にも関わらず、中国がこのような漁船への妨害行為を繰り返していることにコラムは「習近平国家主席の中国が信頼できないことをマルコス大統領は理解しなければならない」と指摘している。

 さらに「中国が合意を破るのは習慣的なことであり、相手を油断させ警戒心を下げて調印しその後に密かな狙いを遂行する」と中国の常套手段を喝破しているのだ。

 この論調は長年フィリピン政府や国民の間にわだかまっていた心情を素直に吐露したもので、南シナ海の領土問題でフィリピンが置かれている微妙な立場を如実に反映したものといえるだろう。

 

★経済問題と領土問題の表裏

 フィリピン政府は中国による多額の経済支援やインフラ整備に経済的に大きく依存していることは間違いない。しかし経済的関係と南シナ海の領土を巡る問題は全く「別次元の問題」としてこれまで対応して来た。

 ただドゥテルテ前大統領も「主張することは主張するが中国との対立は極力避ける」という戦術で波風を最低限に抑え込んできた経緯がある。

 マルコス大統領も大統領就任前には「領土問題では1ミリも譲らない」と強硬姿勢を打ち出して当選を果たした。

 しかし今回の習近平国家主席との首脳会談でも「フィリピン漁民の操業を妨げない」ことで合意を取りつけたとはいえ、肝心のEEZ内の島嶼や環礁の領有権問題では強い態度に出ることできず、これまで通りの融和的ともとれる路線を継続したに過ぎなかったとの見方が有力だ。

 

★南シナ海問題の国際的判断を無視

 南シナ海を巡っては中国が一方的にその大半を占める「九段線」なる海域を設定して自国の海洋権益を主張。フィリピンやマレーシア、ベトナム、ブルネイ、台湾との間で領有権問題が生じている。

 中国は複数の島嶼や埋め立てた環礁に地上構造物を建設して「実効支配」を一方的に進め、一部には滑走路や格納庫、兵舎、港湾施設、ミサイル基地などを整備して軍事拠点化している。

 フィリピン政府は2014年に当時のベニグノ・アキノ大統領が「九段線」の無効を求めてオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所(PCA)に訴えを起こした。

 PCAは審理の結果2016年に「九段線とその囲まれた海域に対する中国の主張してきた歴史的権利は国際上の法的根拠がなく国際法に違反する」との判断を下した。

 しかし中国はPCAの判断を一貫して無視し続け、一方的かつ勝手な主張と行動を繰り返している。

 

★各界への中国の影響力に注意喚起

 ガッチャ氏はコラムの中でさらに「漁民や民警は実際には中国軍の民兵であることなど中国の軍事戦術にもマルコス大統領は注意しなければならない」としたうえで「政府や産業界、芸術界、メディアにおける中国の影響力にも注意しなけらばならない」と指摘している。

「潜入と情報操作に長じている中国は軍内部にも影響力を及ぼし反中国的あるいは親米的軍人を排除して中国に友好的な軍人を抱きこもうとしている可能性がある」と中国の影響力を徹底的に排除することが必要だと主張、各界に警戒を喚起している。

 「中国軍艦艇による南西部スールー海やカリマンタン島との間のシブツ海峡といったフィリピン内海への中国軍艦艇の侵入や通過、さらにフィリピン国内にいるとされる約300人の諜報員などの問題に対してフィリピンとしては「中国の恣意的かつ一方的な姿勢に対しては法の秩序による対処するしかない」としてあくまで法による正義と公正を求めていく姿勢がフィリピン政府に求められているとの立場を強調している。

 2月8日から日本を訪問する予定のマルコス大統領にとっては耳に痛いコラムだが、今後どこまで南シナ海問題で中国に対して「法の秩序」に基づく交渉ができるかが問われている。

トップ写真:中国大使館の外で、係争中の南シナ海での中国の海洋活動に対する抗議に参加するフィリピン人。2022年7月12日 マニラ、フィリピン

出典:Photo by Ezra Acayan/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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