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.社会  投稿日:2023/3/29

自給率よりフードロスが問題だ(下)今こそ「NO政」と決別を その4


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・輸入牛肉を国産牛に切り替えて食糧自給率を上げるのは非現実的。

・農業従事者にとって、肥料代と飼料代が大きな負担となっている。

・食べ物は材料からゴミまで粗末にしないことが食糧政策において重要だ。

 

わが国の食糧自給率をカロリーベースで計算すると38%

これは「世界最低レベル」であり、農水省は2030年までに45%に引き上げようとの目標を立てている、と前回述べた。

同時に、生産額ベースで計算した場合、自給率は63%に達するが、これはこれで、生産され市場に出回っても消費されない、いわゆるフードロスの問題があるということも。

今回はまず、輸入牛肉を減らして国産に切り替えて行けば自給率が向上する、といった考え方について見てみよう。

結論から言うと、これは現実的ではない。

「吉野家の牛丼」を例に取ると分かりやすいが、同社のホームページなどによると、100%米国産のショートプレートが用いられている。2003年にBSE(世に言う狂牛病)のせいで輸入が止まり、結果、牛丼屋のメニューから牛丼が消える、という事態に見舞われた事を、ご記憶の向きも多いだろう。復活したのは、ようやく2006年になってからであった。実家近くの吉野家が長蛇の列になっていた光景を、今でも覚えている。

ショートプレートというのは、日本で言う「バラ肉」のことで、他の部位に比べて脂肪分が多い。とりわけ米国産の肉牛は穀物肥育(オーストラリア産などは牧草肥育)であるため、その差は一段と際立つそうだ。

この「脂っこさ」が米国の消費者の口に合わず、きわめて安価に調達できる、という利点があった。かつてはハンバーガーの材料に使われたこともあったが、評判は芳しいものではなかった、と聞く。

つまり、日本人が昔から珍重してきた「サシの入った牛肉」に近い味わいで、しかも安価に入手できるのだ。これに着目して、商売を大成功させた経営陣の慧眼は、あっぱれだと思う。

その吉野家の店舗数は1195軒(2023年2月現在。国内のみ)で、年間3万トンほどのショートプレートを輸入している。

問題は、牛一頭からどのくらいのショートプレートが得られるかということだが、驚くなかれ、10キログラムほどに過ぎない。日本語でバラ肉と言うのは、実はあばら肉から来ていて、肋骨の周りを薄く覆っている肉のことなのである。

つまりは単純計算で、3万トンのショートプレートを調達するためには、300万頭の牛を解体しなければならない。

一方、国内で屠畜処理される牛は、年間120万頭弱に過ぎない。価格の問題をあえて度外視したとしても、国産牛で牛丼を作れば……という発想が、どうして現実的でないのか、これ以上多くを語るまでもないだろう。

価格は度外視して……と今述べたが、あくまでも「ちなみに」ということで少し付け足させていただくと、国産牛肉を用いた「ステーキ丼」は3000円くらいする例が多い。安い部位を薄切りにして用いても、1000円以下で供するのは難しそうだ。1000円の牛丼に需要があるだろうか。

さらに言えば、牛丼という食べ物は、白米のご飯の上に少しばかりの肉が(吉野屋さん、ごめんなさい)のっているので、カロリーの多くは白米から摂取される。

食材の多くを輸入に頼っているから、ずっと食糧自給率が上がらない、という見方も、まあ一面の真実だとは認められるにせよ、やはり表面的だと言わざるを得ない。

またもや吉野家を引き合いに出すと、かつてはコストを低減するためにと、輸入米を用いたこともあったようだが、今は内外の価格差が解消されてきたとして「100%国産米」を売りにしている。

とどのつまり、食料の輸入を政策的に抑制しようとしたところで、市場の原理がそれを許さないのであり、生産農家と都会の消費者、双方の利益を守りつつ、食糧自給率を改善して行く道は、他にあるのではないだろうか。

ここで、またしても前回の繰り返しになるが、わが国では年間522万トンもの食材や残飯が廃棄されている。これは世界ワースト3(1位中国、2位米国)の数字だ。

これらをリサイクルすれば、具体的には飼料や肥料として利用するシステムを作れれば、農産物の製造コストを軽減でき、輸入食品との価格差を縮小できる。

実際問題として、米や野菜を育てている農家にとっては肥料代が、畜産農家や養鶏業者にとっては飼料代が、きわめて大きな負担となっている。この負担を軽減して行かない限り、日本の農業は、なかなか産業として自立して行けない。

もうひとつ、このようにフードロスとして廃棄される物を飼料や肥料としてリサイクルして行ければ、化学肥料や抗生物質を混ぜた飼料(その全てが危険なわけでもないことは明記しておくが)に置き換え、より安心・安全な食材を得ることにも寄与する。

昨年末、地方の弁当製造業者が、食材の値上げラッシュが続く中、価格転嫁をなんとか抑えようと、それまでお金を払って業者に引き取ってもらっていたフードロスを、近所の農場に引き取ってもらうようにした、という記事を読んだ。

このような企業努力は、間違いなく賞賛に値するが、同時に、どうしてもっと早く、全国規模でこうした取り組みがなされなかったのか、という感想も抱いた。

これは端的な一例で、前述のように年間522万トンにものぼる、わが国のフードロスだが、その内訳を見ると、家庭から出る物が47%、対して事業系のそれが57%となっている。ほぼ半々だ。さらに詳細な内訳を見ると、食品製造業が23%と最も多く、外食産業の16%がこれに続く。あとは即品小売業11%、食品卸業は2%である。

これは簡単な話で、先ほど弁当屋製造会社を例に取ったが、惣菜の「きんぴらゴボウ」ひとつ作るに際しても、ゴボウと人参の皮、人参のヘタ(葉が付いている場合もある)などはゴミになってしまう。外食産業の場合は、調理ゴミと残飯の両方を処理しなければならない。

繰り返し述べるが、これらを飼料や肥料として活用すれば、地球環境にも消費者の財布にも優しい、という結果が期待できるのだ。

シリーズの最初に取り上げた食用コオロギにせよ、まだまだわが国では、昆虫食を採用すべき、というコンセンサスが得られていないことが、問題の本質なのであるから、とりあえずはニワトリの餌にするのも一案ではないだろうか。

足りない物は外国から買えばよい、余った物は捨ててしまえ、という考え方を捨てて、

「食べ物は、材料からゴミまで粗末にしない」

という発想に基づいた政策転換を行うことこそ、農家と都会の消費者、双方の利益に叶う食糧政策の基礎なのである。

 

*前回掲載された原稿の中で、白米100グラムが130カロリーに対し、牛肉100グラムは「98カロリーと倍以上」とありましたが、これは「298カロリーと倍以上」の誤りでした。お詫びして訂正させていただきます。尚この数値は、国産牛と輸入牛、さらには部位によって微妙に異なります。説明不足を重ねてお詫び申し上げます。

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トップ写真:牛丼(イメージ)出典:Photo by Koichi Kamoshida/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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