アメリカはいま――内政と外交・ワシントン最新報告 その8 違法入国者の巨大な波
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・バイデン政権はメキシコからの違法入国者を取り締まらない。
・テキサス州知事グレグ・アボットはこの政策に難色示す。
・バイデン政権をかばうため、米メディアはその問題を取り上げない。
バイデン政権が最初にやったことの1つは、メキシコとの壁をもう建てない。建設した部分を削る。入ってくる人に対しては厳しい取り締まりをしない。そんな新政策でした。その結果、違法入国者がどんどん、どんどん入ってきているのです。いままで2年間で500万は違法に入ってきています。
テレビで見ていると、テキサス州のリオグランデという有名な河があって、浅いところでは30人、50人というグループの男女がつぎつぎに渡ってくるのです。こちら側で誰も止めないのです。
その種の違法入国者たちは、キリッとした若手や中堅の男女が多い点が目立ちます。子供も多数が入ってきているのです。テキサス州にどんどん入ってきて、テキサス州の負担がとても大きくなる。
テキサス州の知事は共和党です。グレグ・アボットという人です。この人は26才のときに怪我をして下半身不随になり、それでも政治家の道を歩んでいる。きわめて弁舌の立つ知事です。この人が、違法入国者のテキサス州への大量流入に苦情を表明しました。違法入国者があまりにもたくさん入ってきても、しばらくの間、バイデン政権がそれを放置していた、という苦情でした。
その違法入国者への対策の最高責任者にはカマラ・ハリス副大統領が任命されました。ところが、この人は現地に行かないのです。
私は民主党に対して批判的なことばかり言っているような印象を受けられるかもしれませんが、このカマラ・ハリスさんというのも人気がないのです。これほど徹底して、民主党のなかでも不人気だという副大統領というのはあまり類例がありません。
それには幾つか理由があります。1つは、言葉づかいがものすごく悪いのです。アメリカで暮らされた方はフォー・レター・ワードという、Fではじまる言葉をご存じですね……副大統領の女性がそのFワードを始終、使うというのです。もちろん私は実際に聞いたことはないけれど平気で使うらしいのです。それに加えて、人使いがきわめて荒い。だから、スタッフがどんどん辞めていっているという。
そんな副大統領がバイデン政権全体の違法入国者対策の最高責任者だということで、事態は悪化しました。
違法入国者の出発点は、中南米のベネズエラとか、ホンジュラスとかで、メキシコ自体から入ってくる人は少ない。みんな、メキシコを通り抜けて入ってくるのです。ベネズエラは、いま、弾圧が激しくて、政府に反対する人たちをどんどん政治犯として捕まえているのです。だから、トランプ氏が、ときどき、演説をして、ベネズエラ政府はいまいろいろな理由で多数の国民を刑務所に入れていたが、最近はそのベネズエラの刑務所は空っぽになってしまった、などと述べています。それはベネズエラ政府が奨励して、刑務所の収容者たちをアメリカへ、アメリカへと送り込んでいるのだという意味です。話半分に聞いてもそういう現実が想像できます。
一方、アメリカ側ではテキサス州の知事が、これじゃ大変だと反応しました。ただしアメリカのマスコミはその問題をなかなか取り上げないのです。われわれがテレビで断片的に見ていて、大変なことがいま起きているのだなとわかっても、ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズあたりは、なかなか、正面からは書かない。民主党のバイデン政権をかばうという姿勢からです。
私のワシントンでの家が、副大統領の公邸のわりあい近くにあります。普段は静かなところだが、昨年夏のある日、わーっと人が集まっていました。なんだと思ったら、違法に入ってきた入国者をテキサス州から、アボットという知事が独断でバスに乗せて、ちょうど50人、違法入国者問題の最高責任者のカマラ・ハリス副大統領の公邸に陳情に送り込んだのです。
私もその一部を見たけれど、違法入国者たちはみんな、働き者で、結構、真面目そうだなぁという感じの男女ばかりでした。この特別の陳情で違法入国者問題が改めて全米レベルで報じられるようになりました。
違法入国者の問題は規模が大きいために、多様な新現象をも引き起こしています。いまのワシントンD.C.で、ホワイトハウスから100メートルか200メートルぐらいのところにホームレスが増えているのです。通行人に声をかけて、お金をくれとかいう。ホームレスは道路わきに小さなテントをいっぱい立てて、そこで寝泊まりをしている。
そういうところにいる人たちはほとんどアメリカ人なのだろうけれども、違法入国という治安の乱れがホームレスを増やしているのです。ただし長期間のホームレスの人たちと、最近、違法入国で入ってきた人たちを比べると、違法入国者のほうが、まったく、勤勉そうで真面目そうなタイプばかりなのです。
トップ写真:米国とメキシコの国境で、米国国境警備隊の警官による搬送と処理を待つ移民たち(2023年5月12日 米国・テキサス) 出典)Photo by John Moore/Getty Images
(その9につづく。その1、その2、その3、その4、その5、その6、その7)
*この記事は鉄鋼関連企業の関係者の集い「アイアン・クラブ」(日本橋・茅場町の鉄鋼会館内所在)の総会でこの4月中旬に古森義久氏が「アメリカの内政、対中政策――ワシントン最新報告」というタイトルで講演した内容の紹介です。
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。