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.経済  投稿日:2023/6/3

入れ替わる?日米企業それぞれの「会社と従業員の関係」、そして「HR3.0」前篇


小寺昇二(株式会社ターンアラウンド研究所 共同代表 主席研究員)

小寺昇二の「人財育成+経営改革」

【まとめ】

・バブル崩壊以前は「社員を大事にするのが日本的経営」だった。

・「失われた30年」の間、日本はより資本主義的に、米国では行き過ぎた資本主義への反省が出てきた。

・人的資本開示は企業の成長≒資本主義経済からの要請。

 

前々回4月12日の、「賃上げ、商品値上げ、そして日本企業再生に繋がる『HR3.0』」では、ジョブ型雇用制度の拡がりと人的資本開示の義務化によって、「HR3.0」とも呼ぶべき企業の「人事における変革」が起こりつつあることを記しました。

従業員という、企業の成長における重要な資本(資源)に目を向け、人財育成や従業員のウェルビーイングを進めることによって「失われた30年」から脱却する経営改善を図っていくことが「HR3.0」のエッセンスであることも記しました。

今回は、上記の「人(従業員)を大事にする」ということについて、日本と欧米(特に米国)との歴史的な比較により、考えていきたいと思っています。

ところで、90年にバブルが崩壊する以前の、日本が輝いて見えた時期の日本と米国の従業員の位置づけはどうだったのでしょうか?

日本~昭和の日本型経営においては、「社員を大事にするのが日本的経営」として、顧客と並んで社員がステークホルダーの最上位に位置づけられ、社員の側も、終身雇用慣行の下、会社に対する強い忠誠心により「日本株式会社」と運命共同体として会社を支えた。企業は目先の利益よりも中長期的な成長を志向し、短期的な利益や配当を重視したがる株主の利害とは一線を画していた。

米国~ステークホルダーの中では圧倒的に株主が最上位である株主資本主義であり、社員は会社との雇用契約によって働き、会社もその時その時の経営方針によりドライに、雇用・解雇を行った。株主の志向に合わせ、短期的な利益に拘り、持続的な成長が出来ないという批判を受けていた。

こうした状況だったのが、日本はバブルの崩壊によって3つの過剰供給過剰、設備過剰、人員過剰)に悩まされ、構造改革や前向きな投資といった積極的な企業戦略は採れなくなりました。価格引下げによる売上、シェア確保などの弥縫策に終始し、社員との関係では、雇用維持を行うことによって「人を大事にする」という表面的な体裁を繕いつつも、給与は凍結、その傾向は最近まで続けられました

一方、米国では、90年代に、東西冷戦の終結という機会を機敏に捉え、大々的なM&Aによる産業の再編、そして勃興しつつあったインターネットを活用したIT企業の巨大化によって、グローバル化した世界市場における覇者となっていったわけです(米国主導で軍事利用を目的として開発されてきたインターネット技術を、米国が商用利用に舵を切ったのが80年代後半と考えられています)。

そして、この日本における「失われた30年」の間、企業と社員の関係、そして会社というものについての考え方について日米では下記のような「逆の動き」となっていったことを日本人である筆者は複雑な気持ちで見ていました。

日本~日本株式会社を成立させてきた「企業の成長」が失われた状況で、日本企業が否応なしに求められたのは、株主を頂点とする「ガバナンス体制」の整備など欧米的な経営体制の構築だった。具体的な経営方針としては目先の利益をアップさせるための効率化や合理化が是とされた社員との関係でも「成果主義」が導入されるなど、「人を大事にする」ことの意味は、解雇をしない(法的に出来にくい)ということだけで、給与はおろか人財育成投資についても先進国中低位水準となった。解雇されない地位に安住し、社員が「自主的に学ぶ」率も先進国中最悪の水準となっている。

▲表 出典:経済産業省「未来人材ビジョン

米国~一方米国社会では、貧富の差の拡大による社会不安、様々な点での「分断」が進みました。企業社会では、IT巨人への儲け過ぎ批判、CEOの高額報酬批判など、行き過ぎた資本主義の弊害が叫ばれるようになった。また地球温暖化などの環境問題への懸念から、企業と「社会」との関係についても、CSR、ESG(そしてSDGs)と言うように、「社会の中で生かされている」という企業の社会的役割が強調されることになった。

思いっきり図式的に示せば、日本はより資本主義的な流れの方に向かい、一方米国では行き過ぎた資本主義への反省が出てきている一見「逆の動き」をしているということです。

但し、米国も行き過ぎたものを若干巻き戻す程度の話であり、そもそもの資本主義の権化として企業の成長、利益といったものを疎かにするようなことはありません。SDGsに配慮するのも、持続的な「成長」を実現させるためであり、その点には注意が必要です。

人的資本開示についても、先行している欧米においてその目的は、従業員福祉といった倫理的、社会的ということがメインなのではなく、実は、企業の成長≒資本主義経済からの要請なのです。

すなわち、競争力やイノベーションの原動力である「人財」ということについて、今まであまり顧みられなかったという反省に立ち、投資家(株主)への開示という形で、株主資本主義の根っこである投資家の監視の下、売上や利益の改善を図ろうというのが主旨であり、同時に盛り上がりつつある社会性というものも取り込んだ形で推進しようという流れになっています。

株式市場という既にグローバル化が進んでいる中、「人的資本の開示」という投資家(株主)からの要請という点では欧米と全く同じ状況に置かれている日本企業において、「企業と従業員の関係」は今後どうなるのか?後篇で解説していきたいと考えています。

トップ写真:横断歩道を渡る社会人(イメージ) 出典:ooyoo/Getty Images




この記事を書いた人
小寺昇二

1955年生まれ、都立西高校、東京大学経済学部を経て、1979年第一生命入社。企業分析、ファンドマネジャー、為替チーフディーラー、マーケットエコノミスト、金融/保険商品開発、運用資産全体のリストラクチャリング、営業体制革新、年金営業などを経験。2000年ドイチェ・アセットマネジメントを皮切りに、事業再生ファンド、CSRコンサルティング会社(SRI担当執行役員)、千葉ロッテマリーンズ(経営企画室長として球団改革実行)、ITベンチャー(取締役CFO)、外資系金融評価会社(アカウントエグゼクティブ)、IT系金融ベンチャー(執行役員)、旅行会社(JTB)と転職を重ね、様々な業務を経験し、2015年より2022年まで埼玉工業大学情報社会学科教授


この間、多摩大学社会人大学院客員准教授、日本バスケットボール協会アドバイザー、一般社団法人横河武蔵野スポーツクラブ理事も経験(兼務)。


現在:ターンアラウンド研究所 共同代表 主席研究員、埼玉工業大学情報社会学科非常勤講師、公益社団法人日本証券アナリスト協会認定アナリスト、国際公認アナリスト


著作:「実践スポーツビジネスマネジメント~劇的に収益性を高めるターンアラウンドモデル~(2009年、日本経済新聞出版)、「徹底研究!!GAFA」(2018年 洋泉社MOOK 共著)など多数


専門:人財育成、経営コンサルティング、スポーツマネジメント、ターンアラウンドマネジメント、経済、コーポレートファイナンス


 

小寺昇二

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