矛盾甚だしいロシア経済協力担当相の存続
樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)
【まとめ】
・岸田改造内閣で、ロシア経済分野協力担当相ポストの存続が決まった。
・プーチン政権によるウクライナ侵略以来、日本は制裁を発動、北方領土交渉を含め日露関係は険悪な状況。
・制裁と経済協力は両立しない。何のために担当相を置いておくのか。岸田首相はスジの通った説明をすべき。
疑問や驚きは人事につきものだが、これもそのひとつだ。
9月13日の内閣改造で、ロシア経済分野協力担当相ポストの存続が、再び決まった。制裁を科している相手国との協力を推進するポストを維持するというのは、矛盾甚だしいというほかはない。
■「撤退企業支援のための存続」
ロシア経済分野協力相は、留任した西村経産相が改造前と同様、兼任する。
13日夜、改造内閣初閣議後の記者会見で松野官房長官は、こう説明した。
「日露の経済協力は当面見合わせているが協力プランに参加した日本企業の撤退などに対応する観点から西村氏がひきつづき兼務することとなった」「ロシアには毅然として対応していくが、漁業など隣国として対処する必要のある事項は、国益に資する観点から適切に対応していく」「北方領土問題を解決して平和条約を締結するとの基本方針を堅持する」―。
かいつまんでいえば、ロシアとの経済協力を推進するためにポストを設置したものの、ウクライナ侵略によって頓挫したため、撤退企業の支援へと業務内容を180度転換するということだろう。
■ ウクライナ侵略直後から廃止論
ロシア経済分野協力相ポストの設置は、2016年5月に安倍首相(当時)がプーチン大統領に提示した産業振興やエネルギー開発など8項目の経済協力構想を具体化することが狙いだった。同年9月の設置当初から経産相が兼任、菅、岸田内閣でも引き継がれ、2022年2月のウクライナ侵略以後も継続されている。
経産省によると、担当相ポスト設置以来、経済協力に参加、または参入を希望する日本企業に情報提供など側面支援を行い協力を推進してきた。
しかし、ロシアの侵略によって状況が大きく変化した。
侵攻開始翌月の衆院予算委で岸田首相が、「ロシアとの経済協力は当面見合わせることを基本とする」と明らかにし、構想は中断した。
担当相ポストを廃止すべきだとの指摘は当然ながら当初から少なくなかった。ウクライナ侵略翌日の2月25日の参院予算委員会で、伊東孝恵議員(国民)が、その旨質問した。
■ 岸田首相「ポスト廃止にこだわる必要なし」
首相は「ロシアに厳しい制裁措置を行う必要がある。大臣ポストの廃止ではなく日本としての意思を国際社会に示すべきだ」と答弁、廃止にこだわるのではなく、必要な手段をとればいいという認識と示した。
2023年2月の衆院予算委会で、野田佳彦元首相(立民)が「実務もないのになぜ、大臣を置き続けるのか。撤退担当がなぜ閣僚ポストでなければならないのか」と質問したのに対し、首相は「企業に情報提供を行い円滑な撤退を支援する必要がある」と答えたが、歯切れの悪さは否定できなかった。
経済協力を見合わせて以降、経産省は、200社にものぼる日本企業の撤退、縮小に必要なロシア内部の手続きなどについて「伴走支援」(経産省幹部)してきたというが、〝敗戦処理〟を、推進役だった担当相に行わせるのは国民には分かりにくく映る。
将来、ウクライナ問題が解決をみて、ロシアに新政権が登場した場合などに備えて体制を温存しておこうという配慮かもしれないが、そのときに新しい体制を作ればすむ話だろう。
■ 日本の真剣さに疑念呼ぶ恐れ
ウクライナ侵略に伴うキーウ支援、対露制裁で岸田内閣は当初、G7各国と協調、さまざまな制約の中で健闘してきた。
ウクライナに対しては食糧、シェルターなどの人道支援、防弾チョッキ、ヘルメット、双眼鏡、地雷探知機など武器との境界があいまいな物資まで供与。
ロシアに対しては資産凍結などのほか、東京の大使館員8人を「ペルソナ・ノン・グラタ」(外交上好ましくない人物)として国外追放するというかつてない強硬手段も取った。
しかし、双方の戦いが長期化するにつれ、予算不足もあって、その後は十分な支援をなしえない苦しい状況に陥っている。
NATO(北大西洋条約機構)各国が最新鋭戦車やF16戦闘機などの供与に踏み切っていることに比べると、憲法上の制約があるとはいえ、見劣りは否定できない。
2014年のロシアによるクリミア併合の際、西側各国が強力な制裁を科したのに対し、日本は形だけの軽微な発動でお茶を濁した経緯もある。
それだけに、経済協力担当相ポストを存続させることは、ウクライナに対して軍事、民生両様の大規模支援を続けている米国などNATO(北大西洋条約機構)諸国を中心に、日本の真剣さについての「疑念を抱かせることにならないか。
そうなればG7の一枚岩が揺らぐという事態を招きかねない。
天安門事件後の対中制裁をめぐって、中国が日本の柔軟姿勢を包囲網寸断の突破口にしようとしたことをよもや忘れまい。
いまからでも遅くはない。ロシア経済分野担当相のポストは廃止すべきだ。
どうしても存続させたいというなら、せめて名称を「ロシア経済協力撤退担当相」とでも変えればいい。
トップ写真:西村康稔経済産業大臣 義家弘介代議士のセミナーにて。2023年9月12日 神奈川県・厚木市
出典:X(旧Twitter)@nishy03
あわせて読みたい
この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長
昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。