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.政治  投稿日:2023/11/30

「上川陽子次期総理総裁説」急浮上のわけ


安積明子(政治ジャーナリスト)

「安積明子の永田町通信」

【まとめ】

岸田文雄首相“更迭説”が囁かれているが、有力な「岸田首相の代わり」が見つからない。

・「上川陽子次期総理総裁説」は、「首相が退陣を余儀なくされた後も、岸田サイドが政権を維持するための方便」。

麻生元首相こそ、上川氏を“ポスト岸田”に押し上げている張本人といえる。

 

内閣支持率の低下傾向が止まらないせいだろうか。岸田文雄首相の“更迭説”が囁かれているようだ。ただ有力な「岸田首相の代わり」が見つからない。もっとも「茂木敏充次期総理総裁説」も一部で話題になっているようだが、リアル永田町ではほとんど無視されている。

代わってまことしやかに流されているのは「上川陽子次期総理総裁説」。「初の女性総理の誕生」などと華々しく宣伝しているが、これも怪しいといえる。第一、上川氏自身にその気がない点だ。そもそも十分な準備もなく、単にチャンスが来たからといって神輿に乗ると、碌なことがないことが多い。たとえば2020年9月に安倍晋三元首相が健康上の理由で辞任した時、その後任として当時官房長官だった菅義偉前首相が総理総裁に就任した例だ。

結果的に菅政権は、約1年しか続かなかった。2021年10月末に衆議院の任期満了が迫っていたため、党内で「菅首相では衆院選が戦えないから」と“菅降ろし”が発生した。菅前首相は解散権行使で対抗しようとしたが、それも封じられた。

いま上川氏の名前が挙がっている状況は、その初期と非常に似ている。菅前首相は安倍内閣で7年8か月にわたり「辣腕官房長官」とその名を広めたが、上川氏は安倍政権で法務大臣を務めた時、オウム真理教事件の死刑囚13名を含む16名の死刑囚の死刑を執行し、「胆力がある政治家」としての評価を得た。

そして今年9月からは、林芳正前外務大臣の後任に就任。G7議長国の外務大臣としてウクライナ問題やガザ地区を巡るイスラエルとハマスの紛争などに取り組んでいる。

与えられた職務を淡々とこなしていく有能な大臣―というのが、上川氏に対する印象だ。実際に上川氏が2020年に出版した書籍は「難問から逃げない」と、その姿勢そのものだ。だがこれが総理大臣となるとわけが違う。日本をどのような国にしたいのかという壮大なビジョンや、国民を引っ張っていくリーダーシップが必要になる。

ところが上川氏には卓越したそれがあるとは思えない。2020年の自民党総裁選(各都道府県連は、候補の得票数に応じてそれぞれ3票を割り当てられた)では、地元の静岡県では上川氏を含めて3名の岸田派の議員がいたにもかかわらず、1票の「岸田票」もなかったし、岸田首相が勝利した2021年の総裁選でさえ、静岡県での「岸田票」の数は7198票で、8722票の「河野票」に負けている。

にもかかわらず、なぜ「上川陽子次期総理総裁説」が持ち上がっているのか。それは岸田首相側の「セーフティネット」ではないだろうか。すなわち「岸田首相が退陣を余儀なくされた後も、岸田サイドが政権を維持するための方便」ということだ。そうすれば、岸田首相は“院政”を行うことができるし、現在の指揮系統はそのまま維持が可能になる。

その周囲を巣くう“利権”も、「岸田政権の終焉」を望んでいない。「上川陽子次期総理総裁説」がどこから流されているのかを見れば、それがよくわかる。彼らは意図的に“風”を作り、「岸田降ろし」に備えているのだ。裏を返せば、それだけ岸田政権がもろいということを、彼ら自身が示しているということになる。

減税を巡って混乱している問題も、岸田政権の危うさが原因している。岸田首相は10月23日の所信表明で、「(税収の上振れ分を)国民に還元する」と宣言したが、省益を害されると踏んだ財務省にたきつけられた鈴木俊一財務大臣は、11月8日の衆院金融財政委員会で「政策的経費や国債償還などにすでに充てられた」と否定。鈴木氏は、国民民主党が提唱しているガソリン税をめぐるトリガー条項凍結解除についても、「国・地方合計で、1.5兆円の財源が必要になる」と、前向きな姿勢を示した岸田首相に釘を刺した。

もちろん鈴木氏の背後には、安倍・菅政権の約9年にわたって財務大臣を務めた麻生太郎元首相の存在が伺える。この超大物政治家の承諾を得ずして、財務省が動くはずがない。さらにいえば鈴木氏は麻生元首相の後任であると同時に、義弟であるという関係だ。

なお党内第2派閥の志公会を率いる麻生元首相は、第3派閥の平成研会長を務める茂木幹事長とともに、岸田政権を支える立場にある。だが麻生元首相の野心はそれに止まらない。今年5月からは定期的に非主流派の二階俊博元幹事長と懇談し、政治情勢についての意見を交換するなど、キングメーカーとして権勢を振おうとしている。

そして麻生元首相こそ、上川氏を“ポスト岸田”に押し上げている張本人といえるだろう。すなわち、延命のために減税など人気獲りに走ろうとする岸田首相を牽制し、上川氏という“駒”をちらつかせることで、党内外に存在感を示そうとしているわけだ。このように、岸田首相の周辺には、さまざまな思惑に満ちた勢力が多重に取り巻いているといえるのだ。

そのような構造の上に立ち、岸田首相は得意の「人事」でもってバランスをとっていこうとしているが、果たしてどのくらい保つことができるのか。内閣支持率低下の強風は止みそうにない。

トップ写真:アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席する岸田総理 (2023年11月16日カリフォルニア州サンフランシスコ)出典:Kent Nishimura/Getty Images




この記事を書いた人
安積明子政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使

安積明子

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