【緊急寄稿】皇室典範改正「読売提言」の問題点

楊井人文(弁護士)
【まとめ】
・読売新聞の皇位継承提言は、議論を覆す可能性があり、特に夫・子も皇族とする点が波紋を呼んでいる。
・皇族数確保を優先し皇位継承権は先送りする流れだが、提言は立憲民主党より踏み込んだ主張をしている。
・皇族数確保の議論が進む中での提言報道であり、大手メディアとして配慮が不足していたのではないか。
読売新聞が5月15日付朝刊で「安定的な皇位継承に向けた提言」を発表した。
提言のポイントは4つ。①皇統の存続を最優先に、②象徴天皇制を維持すべき、③女性宮家の創設を、④夫・子も皇族に、というものだが、これまでの議論や合意形成をひっくり返しかねない提言だ。特に、波紋が大きいと思われるのが、④の点である。
どういうことか。直近の議論の流れを確認しておこう。
皇室典範改正をめぐる議論は、小泉政権時代の有識者会議の提言(平成17/2005年)の翌年、悠仁親王殿下が誕生されてからしばらく中断した。
天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議(平成29/2017年)を受け、政府が設置した有識者会議は「今上陛下、秋篠宮皇嗣殿下、次世代の皇位継承資格者として悠仁親王殿下がいらっしゃることを前提に、この皇位継承の流れをゆるがせにしてはならないということで一致」し、「悠仁親王殿下の次代以降の皇位の継承については、将来において悠仁親王殿下の御年齢や御結婚等をめぐる状況を踏まえた上で議論を深めていくべき」と提言した(令和3/2021年報告書)。
要するに「皇族数確保」問題を優先し、「皇位継承権」問題は少し先送りするという方向性が示されたのである。皇族数確保は、①女性皇族を婚姻後も皇族とする案と②男子男系の旧皇族の養子縁組を認める案を軸に議論を進めるべき、とされた。
これを受け、昨年から国会の「全体会議」で議論が始まった。ここでも「悠仁親王殿下までの皇位継承の流れはゆるがせにしてはならない」との意見が多く、皇族数確保策の①案は「認める方向」だが、女性皇族の配偶者・子の身分の付与は様々な意見があり、②案は積極的な意見もある一方で反対論もあった、と報告された(令和6/2024年9月中間報告)。
実は、女性皇族の配偶者・子を皇族とする案については否定的な見解が圧倒的に多い。自民、公明、維新、国民などは「配偶者・子は、皇族の身分を持たないとするのが適切」と明確に反対の立場。日本保守とれいわも、女性皇族の身分保持自体に否定的な立場だ。共産は女性皇族の身分保持には賛成だが、配偶者・子については明確にしていない。
唯一、前向きな立場を示しているのが立憲民主党だ。配偶者・子も皇族とする案の方が「皇族数の確保という目的に沿い、憲法適合性もある」と指摘している。ただ、必ずそうすべきというほど強くは主張していないようだ(各党の立場は全体会議の4月17日配布資料参照)。
読売提言は、この立憲の立場より踏み込んで「夫・子も皇族にすべき」と明確に表明した点で際立っている。社説は「男系男子による皇位継承を重視する自民党は、配偶者らを皇族とすることには慎重だ」と論じていた。
あたかも慎重論が自民党だけであるかのように読めるが、正しくない。実際は、女性皇族の夫・子を皇族にすることに、立憲以外は反対または慎重論なのだ(以下の表参照)。

▲表 皇室典範に関する立法府の全体会議の配布資料(4月17日)に基づき、筆者作成
読売社説は、女性皇族の夫・子を皇族にせず、一般国民とした場合「自由な意見表明や政治、宗教活動が可能になる。その結果、皇室が政治利用されたり、皇室の品位が損なわれたりする懸念が生じかねない」と指摘する。
これも飛躍がある。裁判官のような中立性が強く求められる職種が政治運動が禁止される(裁判所法52条)ように、立場上、例外的な制約が認められる例はあるからだ。皇室と密接に関わる宮内庁職員も、自由な政治活動などは許されていないはずだ。
女性皇族と結婚し、皇室と密接に関わる立場になる以上、わざわざ法で規制せずとも、倫理として自制するだろう。もしリスクが顕在化するようなら、女性皇族が離脱する選択肢を用意することも考えられる。
読売は、旧宮家の男系男子を迎え入れる案に対して「これまで一般人として生活してきた人が皇族になることへの国民の理解が得られるかどうか」と疑問視している。
これも論理的におかしい。提言された「女性皇族の配偶者(一般人)を皇族にする」案も、同じ指摘が当てはまるからだ。
皇后・上皇后両陛下のように「一般女性から皇族となられた例」がある。あえていうなら「これまで一般人として生活してきた人が ”婚姻を経ずに” 皇族になることへの国民の理解が得られるかどうか」だろう。
従来、一般人が皇族になるのは「皇位継承資格者との婚姻」に限られてきた。女性皇族と婚姻をした一般男性を皇族にすると、「皇位継承資格者でない皇族との身分行為で皇族になる」例を認めることになる(もちろん皇位継承資格を直系女性・傍系女性に拡大変更すれば「皇位継承資格者との婚姻」という形になるが、政治的に合意形成のハードルが高くなる)。
婚姻と養子縁組では、国民の受け止め方が異なるという声は聞かれる。背景に、養子縁組が昔より減り、なじみが薄くなっていることがあるかもしれない。
だが、いずれも法的にも社会的にみても、双方の意思に基づく身分行為により親族関係を形成する点に変わりはない。婚姻は「自然」だが、養子縁組は「不自然」と捉えるのは社会の側の偏見ではないかと思われる。
世の中には養親子関係がそれなりに存在する。メディアが偏見を助長するようなことはあってはならない。
現行の皇室典範で、養子縁組は全面禁止されているが、歴史的にみれば数多く事例があるとされる。
皇統と無縁な一般人との養子縁組は皇位の世襲制と抵触しうるから、制限するのはわかる。だが、皇統に属する血縁関係のある者との養子縁組をも一律禁止とする合理的な理由があるのだろうか(故・園部逸夫元最高裁判事の『皇室法概論』も禁止の理由づけは曖昧だ。戦後占領下での現行皇室典範制定時、憲法学者の宮澤俊義が皇族の養子を認める見解を示していたが、禁止が維持された経緯は定かでない)。
養子縁組により旧宮家の男性を皇族とする案は、養親となる天皇陛下または皇族との身分行為を伴うので、従来の「皇位継承資格者との婚姻により一般人が皇族となる」例と重要な共通点がある。
養子縁組が解禁された場合、皇室と交流のある旧宮家からふさわしい人物がいれば、天皇家のご判断と皇室会議を経て、迎え入れる可能性が出てくる。女性皇族が一般男性をお選びになる場合よりも一層慎重になされるだろう。
国民の多くはそのようなプロセスでなされれば尊重し、理解するのではないだろうか。
養子となるにふさわしい人物がいるのかという疑問もよく目にする。だが、現在は制度上禁止されているのだから、当事者は検討しようもない。制度上可能になって初めて検討が始められる。
今はすぐいなくても、そういう制度が用意されていれば、将来の選択肢になる。悠仁親王殿下にかかるかもしれないプレッシャーを和らげることになるのではないか。
注意が必要なのは、①女性皇族の婚姻後の身分保持と②養子縁組の部分的解禁は、両立する関係にある。どちらか一方の案を選ばないといけないという話ではないということだ。
他方、皇位継承資格を男系男子以外に拡大するかどうかという議論は先送りされている。そのことに批判的な意見もある。読売は「女性・女系も排除すべきでない」と主張し、この点についても急いで結論を出すように求めたようにみえる。
たしかに小泉政権時代に一度出した結論である。だが、その後、状況が変わった。今後も議論は必要だろう。議論も大切だが、できるところから丁寧に最大公約数の合意形成をすることも重要だ。
これまでのところ、政府有識者会議も国会の全体会議も「悠仁親王殿下までの皇位継承の流れは揺るがせにしない」という考えでまとまりつつあるように見える。
時の政治が、現に存する皇位継承資格者の順位を変更する先例をつくることは避けるべきで、「皇位の政治化」リスクを懸念して現在の議論が進んでいると理解している。
憲法改正案をはじめ「提言報道」は読売のお家芸だ。
どの新聞社も出している社説・論説の拡大版と捉えられるし、議論に一石を投じて活性化させる面もある。
だが、やはり通常の社説と異なり、「提言報道」の扱いやインパクトは断然違う。
そもそも皇族制度の議論は非常に難しく、「分断」が一番ふさわしくないテーマである。
十分に議論をする時間が残されているならともかく、「皇族数確保」策を優先的に議論を重ね、合意を取りまとめようとしていた矢先だ。
提言報道自体はいい。だが、最大手メディアとしてもっと配慮すべきであったと考える。
(了)
トップ写真:読売紙面(筆者提供)
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この記事を書いた人
楊井人文弁護士
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。弁護士法人ベリーベスト法律事務所所属。2012~2019年、マスコミ誤報検証・報道被害救済サイト「GoHoo」を運営。2018年よりNPO法人ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)理事兼事務局長として、ファクトチェックの普及活動に取り組む。2021年よりコロナ禍検証プロジェクトに取り組み、Yahoo!ニュース個人などで検証記事を発表。著書に『ファクトチェックとは何か』(共著、岩波ブックレット)。

