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.国際  投稿日:2018/6/3

マレーシア中国離れ 高速鉄道計画中止


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・クアラルンプールとシンガポール間の高速鉄道計画中止。

・マハティール政権は財政立て直しに取り組む。

マレーシア、中国への過度の依存を再検討。

 

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マレーシアのマハティール首相は5月28日の会見でマレーシアの首都クアラルンプール(KL)とシンガポールを結ぶ全長350km高速鉄道計画を中止することを発表した。これにより日本や中国、欧州の企業体が2018年末の受注締め切り目指して繰り広げていた受注競争は終止符が打たれることになった。

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▲写真 マハティール首相 出典:photo by en:User:Syrenn

すでに鉄道建設予定地の土地収用などに着手していたシンガポールについてマハティール首相は違約金について今後協議するものとみられる。

ナジブ前政権で始まった同計画ではナジブ前首相が中国寄りのため、受注競争では安全性を前面に出していた日本より、価格面で有利な中国が受注する可能性が高いとの見方が有力だった。

中国は高速鉄道の駅設置場所周辺で複数のインフラ整備計画をすでに進めていることから中国側も突然の中止決定に対し今後何らかの厳しい対応をマレーシアに迫ることも十分予想され、高速鉄道計画は中止になったことで新たな波紋が広がろうとしている。

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▲図 当初のクアラルンプール~シンガポール高速鉄道予定図 出典:シンガポール政府

 

■ 両国首脳が建設に合意

5月23日の新政権による初閣議後に会見したマハティール首相は「大型インフラ事業を継続するか中止するかすぐにも決めたい」と述べ、見直し方針を示唆していた。

そして同月28日、巨額の費用がかかるものの「マレーシアには1セントの儲けにもならない」と両国間の高速鉄道計画を切って捨て、「計画中止は最終判断だ」と述べて見直しも再開もあり得ないとの姿勢を強調した。

この2国間を結ぶ高速鉄道計画はそもそも2010年9月に当時のナジブ首相が発表したもので、その後シンガポールとの調整、協議を経て2013年2月にナジブ首相とシンガポールのリー・シェンロン首相が会談して建設計画で合意したものだ。

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▲写真 会談するマハティール首相(右)とリー・シェンロン首相(左)(2018年5月19日)出典:リー・シェンロンFacebook

現在陸路で約5時間かかるKL~シンガポール間を最高速度時速320Km、約90分で結ぶ高速鉄道は、マレー半島の西側を海岸線に沿う形で新路線を建設し、KLを含めた7駅がマレーシア側、終点のジュロン・イースト駅がシンガポール側となる計画だった。

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▲写真 ジュロン・イースト駅(シンガポール)出典:photo by Bob T

 

■ 財政立て直しの一環で中止は最終決定

5月9日に投票されたマレーシアの下院総選挙でマハティール元首相率いる野党連合がナジブ首相の与党連合を破り、同国史上初の政権交代が実現した。92歳で再び首相に返り咲いたマハティール首相はナジブ政権の「金権汚職体質からの脱却」と「変革」という公約を実現するために、まず財政の立て直しに着手した。

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▲写真 再び首相に返り咲いたマハティール首相(2018年5月9日)出典:Chedetofficial

ナジブ政権末期のマレーシアは国家の債務が1兆マレーシアリンギット(RM)=約273743億円に達しており、巨額な経費がかかる大型インフラ整備事業の見直しにとりかかった。マレーシアの東海岸を北のタイ国境付近からマラッカ海峡に至る東海岸鉄道計画も見直し対象となった。同計画は総工費502RM(約1兆4000億円)の多くを中国からの融資で賄ってすでに着工が始まっているものの、見直し対象となった。そして総開発費で600RM(約1兆6400億円)の経費が必要となるKL~シンガポールの高速鉄道計画の「中止」を決断したのだ

マレーシア側はこの計画中止の補償としてシンガポールから5億RMの支払いを求められる可能性もあると試算しているが、それでも中止を決断したところにマハティール政権の財政立て直しに取り組む並々ならぬ決意が表れている、といえる。

 

■ マハティール首相の中国依存脱却姿勢

受注競争が激化していた高速鉄道の車両の提供や線路の建設などを担う「鉄道資産会社」の入札には中国が中国鉄道総公司を中心とするコンソーシアムで参加する意向を示し、日本もJR東日本、住友商事、日立製作所など10社で受注を目指していた。このほかにドイツ、フランス、イタリア、オーストリアが参入を表明、受注を目指していた。

ナジブ前首相が親中国であることからこれまで中国が有利との見方が強かったが、4月19日に当初予定していた6月29日の入札締め切りを事業者から「準備が間に合わない」との要請が相次ぎ、今年12月28日に入札を延期、受注者決定は2018年末から2019年にずれ込む可能性が出ていた。開業予定の2026年は変更なかった。

マハティール首相の「中止決定」の背景にはまだ入札前であることも影響したという。

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▲写真 マレーシアのナジブ大統領と中国の習近平国家主席(2016年11月)出典:Najib_Zazak

マレーシア国内の駅予定地周辺では中国が関係するインフラ整備案件が複数進んでいる。たとえば、主要駅となるマラッカでは沖合に約550haの大規模埋め立てが地元企業と中国企業によって進められている。埋立地には商業施設、マンション、工業団地などを誘致する方針で、鉄道計画が白紙になったことで今後開発を中国側が継続するのかが注目される。

このように今回のマハティール政権の大型インフラプロジェクト見直しは、ナジブ前政権の中国への過度の依存を再検討するもので、今後もマレーシアの「中国離れ」は加速するものとみられている。

マレーシアでの巨大プロジェクトを「一帯一路」の要の一つと位置づける中国政府が、こうした新政権の「中国離れ」にどう対応するか、今後の両国関係からも目が離せない。

トップ画像/クアラルンプールの街並み 出典:photo by Slices of Light


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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