海自潜水艦は海南島中国戦略原潜を狙う
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・「海自潜水艦、南シナ海で極秘訓練を実施 中国を牽制」との朝日報道あり。
・本当の目標は中国海軍力の分散消耗。
・「日本が戦略原潜を狙っている」だけで中国は海空防衛戦力を割かざるを得なくなる。
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南シナ海における潜水艦の活動が明らかにされた。9月17日早朝の朝日新聞デジタル記事(編集委員・土居貴輝)「海自潜水艦、南シナ海で極秘訓練を実施 中国を牽制」は次のように伝えている。
防衛省が海上自衛隊の潜水艦を南シナ海へ極秘派遣し、東南アジア周辺を長期航海中の護衛艦の部隊と合流させて、13日に対潜水艦戦を想定した訓練を実施した[中略]複数の政府関係者が明らかにした。
ただ、その目的は欺瞞されている。記事は「公海の『航行の自由』を強くアピール」(土井)するためとしている。しかし潜水艦は探知を避けて行動する。その点では効果は見込めない。意図的なリークに基づく記事である。本当の目的を誤魔化したものだ。
本当の目的は何か?
中国海軍力の分散消耗である。潜水艦投入により日本方面、東シナ海や太平洋に向けられる中国海軍力を減らす。それが目的である。
■ 海南島アプローチ
日本潜水艦は海南島の中国戦略原潜に向けられる。三亜を基地とする核ミサイル搭載潜水艦だ。平時戦時を問わず日本は戦略原潜に脅威を与える。それにより中国海軍力の分散を強要しようとしている。
中国にとって戦略原潜は最優先保護の対象である。中国は米国とロシア、最近ではインドとの核抑止を意図している。各国の先制核攻撃を防ぐため高額な報復戦力の整備にいまなお努力している。それが高額な核兵器と弾道弾であり専用の搭載潜水艦である。つまり戦略原潜は国家安全保障の水準で最重要戦力であり最優先保護の対象だ。
その行動海面に日本潜水艦を送り込めばどうなるだろうか?
中国海軍は対潜戦を強要される。海南島周辺に艦隊を集中する。それで自国の戦略原潜を護衛し同時に日本潜水艦の排除に力を注ぐ。平時戦時を問わずそうせざるを得なくなる。結果、日本正面に向けられる海軍力は減る。尖閣諸島、先島諸島、太平洋に投入される艦隊戦力は減少する。
また、対日戦を避ける要素ともなる。「日本は戦時に戦略原潜を襲う」「沈められる可能性がある」と認識させればそうなる。中国は戦略原潜つまり対米抑止力の消耗喪失を恐れる。そのため対日戦に二の足を踏む。そのような効果を見込める。
これが日本潜水艦投入の理由である。
大きく見ればゲール・デ・クルース(巡洋艦戦略)と呼ばれる分散強要戦略だ。その視点からすれば中国海上輸送に潜在的脅威を与える効果もある。あるいは艦隊そのものに対潜戦を強要する効果もある。
ただし、期待効果の筆頭はやはり戦略原潜の不安全化と反応だ。なぜならゲール・デ・クルースとしての著効性も高いからだ。少数潜水艦の平時投入でもヨリ強い不安感と反応を引き起こせるのだ。
▲写真 中国戦略原潜094型。海南島を拠点としておりその保安が南シナ海防衛における焦点の一つともいわれている。撮影:SSBN-0-lover
■ 米海軍による先行
なぜそのように判断できるか?
先行例を模倣している形だからだ。米海軍もまた力の分散強要を試みている。南シナ海で中国戦略原潜に脅威を与え中国海軍力を消耗させようとしている。日本潜水艦の活動はそれに倣った形である。つまり目的も同じと考えてよい。
ちなみに米海軍にはオホーツク・アプローチの前例がある。冷戦時代、米国はソ連戦略原潜の聖地に攻撃原潜を送り込んだ。それでソ連に対応と力の分散を強要するアイデアである。
これは大成功した。ソ連艦隊の太平洋進出は鈍ったのだ。特にソ連攻撃原潜の太平洋展開数を大きく減らせた、これは高く評価されている。
それを南シナ海で同様の行動を行っている。
米海軍の目的は米国の海軍関連記事に示唆されている。
そして南沙を含む周辺海域の聖域化を追求している。これは常々述べられている。まずは「そこを狙え」と言っているようなものだ。
その行動も活発である。米海軍は音響観測艦や哨戒機、そして攻撃原潜を送り込んでいる。結果、衝突も発生した。例えば09年の音響観測艦インペカブルへの中国側妨害はそれである。
▲写真 インペカブル (音響測定艦)出典:US Navy, Military Sealift Command
日本の潜水艦運用も同じ効果を見込んでいる。そうみてよい。中国との正面切った対立は困難あるいは不利となった。このため従来の防御的態勢から一歩踏み出したのだ。米国に倣い中国に力の分散を強要しようとしているのだ。
■ 軽空母、巡航ミサイル
なお、将来的には日本巡航ミサイルや軽空母も海南島に指向される。(*1) いずれも検討中の兵器である。もちろん日本は「離島防衛に用いる」と述べている。ただし本質的にはそれに向く武器ではない。まずは口実だ。
巡航ミサイルは防空を強要する。平時に搭載潜水艦や搭載哨戒機を南シナ海で行動させるだけでよい。それだけで中国は危機感を抱き防衛体制を強化する。
戦時に一度でも三亜を攻撃すればそれ以上の過剰反応をもたらす。ミサイルは撃墜されてもよい。「日本が戦略原潜を狙っている」だけで中国は海空防衛戦力を割かざるを得なくなるのだ。
あるいは瓊州海峡の鉄道連絡船も目標となり得る。現状では四隻の連絡船でしかつながっていない。(*2) 民間人被害を出さないように注意する必要はあるが使用不能にできれば効果は大きい。(*3) 国内世論への影響から解放軍は防空強化を強要される。
「いずも」型軽空母にF-35Bを搭載すればフィリピン東周りでの攻撃も可能となる。これも可能性を誇示するだけでよい。平時にセレベス海、スールー海に軽空母を送る。そこからバラバック海峡経由で艦載機を南沙、海南島に向ける。そうすれば中国海空軍に南シナ海の防衛強化やフィリピン東方における海上哨戒も強制できる。
△フィリピン東廻り攻撃 作図:文谷数重
*1 なお、日本による海南島アプローチと第三世界への攻撃も含めた日本巡航ミサイルの活用については今月号の軍事研究で述べている。
文谷数重「日本の『巡航ミサイル』の攻撃目標」『軍事研究』2018年10月号(JMR)pp.56-67.
*2 鄭ほか「関於瓊州海峡戦略通道建設的思考」『軍事交通学院学報』18.4(軍事交通学院,2016.4) pp.1-3,17.
連絡船は貨車40-44両を搭載する粤鉄1-4号の4隻のみとされている。
*3 ただし連絡船そのものは攻撃し難い。戦時国際法において旅客船(正確には”passenger vessels when engaged only in carrying civilian passengers”)は敵国船でも攻撃対象から除外される。その旨は明認されている。「民間人が乗っていない状態」と主張できる状況が必要となる。あるいは鉄道接続部、連絡船桟橋や支持するドルフィン部を破壊するかである。なお鉄道は攻撃除外目標ではない。
トップ画像:海自潜水艦「くろしお」。水中3500トンつまり容積は3500立米と在来潜水艦としては屈指の大型艦であり長距離行動を想定している。最新の「そうりゅう」型はさらに拡大した4200トンに達しており、おそらくはマラッカ以西への展開も考えている。米海軍写真。 撮影:Cynthia Clark U.S.Navy
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この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。