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.国際  投稿日:2019/4/28

民主主義と資本主義との相克


神津多可思(リコー経済社会研究所所長)

「神津多可思の金融経済を読む」

【まとめ】

・Brexitとトランプ登場は民主主義と資本主義の相克の表出。

・独禁法強化やGAFA規制など、見えてきた格差是正の動き。

・中国という異形も台頭。期待される“調和社会”日本の発信。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=45455でお読みください。】

 

近代以降の日本にとって、英国と米国は民主主義と資本主義のお手本であった。その2つの国で2016年に起こった出来事は衝撃的だった。ひとつは、英国のEUからの離脱(Brexit)が国民投票によって支持されたこと。もうひとつは、米国の大統領選挙でトランプ氏が勝利したことである。

▲写真 第45代大統領に就任したトランプ氏の宣誓式(2017年1月20日)出典:President Donald J. Trump facebook

1989年のベルリンの壁崩壊以降、地球規模でのグローバル化が加速度的に進んできた。しかし、これら両国の出来事はその流れに逆行する面が大きい。しかも英国と米国というグローバル化の流れを主導してきた国でそれが起きた。こうなると、日本はこれからどういう立ち位置で民主主義と資本主義を運営していけばいいのか、よく考えなくてはなるまい。

▲写真 英ウェストミンスター宮殿前のBrexit関連デモ(2016年11月23日)出典:Bulverton(Wikimedia Commons) 

Brexitとトランプ大統領の登場にはいくつかの背景がある。まずグローバル化を通じて経済的に内外の比較優位構造が変化する中で、勝ち組と負け組が生まれ、そのコントラストが先鋭になった。1990年代以降の世界経済では、市場化、金融化という変化もまた進んだが、これらが絡み合ってもたらした急速な生活の変化についていけない人々が増えた。さらに、地域紛争・政治の不安定化といった別の要因もあるが、グローバル化の下で国境を越えた人の移動が活発になった。そうした人の移動を否定的に捉えた人は英国、米国でも少なくなかった。加えて、2008年の国際金融危機がもたらした経済的混乱が遠因となっている点も忘れてはならない。

▲写真 ロンドンの米大使館前で行われた移民規制、トランプ大統領、Brexitなどに反対するデモ(2017年2月4日)出典:Flicr; Alisdare Hickson

民主主義と資本主義は必ずペアでなければ存立できないという理屈はない。ただ、どちらも社会、経済を構成するプレーヤー(有権者、企業や家計など)が独立して意思決定をすることを前提としている。第1次、第2次の世界大戦を経て、先進国の所得分配は並べて平等化の方向に進んだ。その結果、いわゆる「中間層」がどの国においても一定のマジョリティを形成し、そのマジョリティが多数決を基本とする民主主義のメカニズムを通じて国家の意思決定をしてきた。その下で、資本主義をサポートする民主主義という図式になっていたと考えることができる。

しかし、資本主義そのものが、所得分配をある種の定義の下で平等化する機能を本質的に内包しているわけではない。実際、1990年代以降に所得格差の拡大が続いた結果、私達が経験したようなグローバル化の下での資本主義が、一部否定される意思決定が英国、米国でもなされた。つまり、民主主義と資本主義の相克が始まったとも言える。

最近、欧米の有識者と話をすると、日本は所得格差の極端な拡大を避け、社会の調和を良く保っており、うまくやっているではないかといった発言がしばしば聞かれる。これまで駄目だ、駄目だと言われてきたのに、今さら何だという気もするが、英国や米国では社会の分断がまさに肌身に感じられるからであろう。

今後、民主主義と資本主義の調和をどう回復していくか。快刀乱麻の答えはないが、先進国政府の対応として取り敢えずみえてきているのは、所得格差を和らげる諸政策だ。とくに企業活動については独占禁止法の強化がある。GAFAのようなプラットフォーム企業に対するビッグ・データ取り扱い上の規制強化やデジタル課税などによる負担増の動きもある。政府の動きと並行して、これまでの市場化、金融化、グローバル化の流れの中で失われてきた社会の共感をいかに回復していくかという問題意識も、市民活動の中などでは強くなっているように感じられる。

▲画像 GAFA (Google / Amazon / Facebook / Apple)各社のロゴ

久しく日本のお手本であった英国、米国でのここ数年の出来事は、実は民主主義と資本主義の相克という、われわれの時代の底流にある奥深い問題の現れかもしれない。もう一方で、中国のように、権威主義的な政治体制と資本主義を組み合わせた新しいモデルを示そうとする動きもある。日本は19世紀後半以降、さまざまな苦労を重ねて民主主義と資本主義の社会を作ってきた。その歴史を踏まえ、令和の時代に日本として発信できるメッセージがあるように思う。

トップ写真:就任直後のトランプ米大統領と、Brexitへの対応に追われるメイ英首相との会談(2017年1月27日 於 ホワイトハウス)出典:President Donald J. Trump facebook


この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト

東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト


1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。


関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。

神津多可思

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