中国新型駆逐艦脅威にあらず
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・中国観艦式で055型駆逐艦、南昌艦が登場した。
・注目すべき特徴は、実用航続距離延伸と対潜戦などの能力向上。
・その高コストは日米にとってむしろ好都合である。
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中国観艦式に南昌艦が登場した。055型駆逐艦の一番艦である。長く「万噸大駆」つまり一万トン級大型駆逐艦と呼ばれていた軍艦だ。「南昌」は新中国の起源の一つ南昌起義にちなむ大都市名として採られた艦名である。
世間の関心はその中華神盾(編集部注:中国版イージス艦の意)とサイズに向けられている。055型はイージス・システム同等と目される中華神盾を持つ。排水量も米イージス艦を超える1万2000トンの大型艦である。
だが、それよりも注目すべき要素がある。
それは外洋性と汎用性の獲得だ。従来艦はそれらに難があった。それが米軍艦同等まで高まった。具体的には実用航続距離の獲得、対潜戦ほかの強化、対地攻撃能力の獲得である。
▲写真 観艦式当日の中国国防部の発表:「南昌」は「ゆきかぜ」や「バージニア」に相当する由緒艦名だが、あくまでも公式には「二級艦」であり中央軍委ではなく海軍が命名した。 出典:国防部動画「055型導弾駆逐艦首艦南昌艦即将入列」より
■ 外洋艦かつ万能汎用艦
055型で注目すべき点はどこにあるのだろうか?
それは外洋海軍化への最適化だ。055型は本格的な外洋艦であり万能性を持つ汎用艦である。
ここ10年、中国は海軍の外洋化を進めている。1985年以前は公式に近海・沿岸海軍と規定されていた。それが85年以降は近海海軍に改められ、2008年以降は外洋展開も目指す近海・遠海海軍とされた。*1
ただ、その艦隊戦力はいまだに沿岸・近海向けだ。これはハワイやインド洋まで展開する052系駆逐艦、054系フリゲートも変わらない。実用上の航続距離は短く用途も防空戦・対水上戦に偏している。
055型ではその面目は改められた。その意味で052型と054型とは世代を改める画期なのである。
■ 実用航続距離は従来艦の4倍
055型で注目すべきは本格的外洋艦であり万能汎用艦である点だ。これは従来艦052型、054型からの変化、比較で明らかとなる。
その第1は大航続距離の実現である。
実用航続距離は従来の主力052C/D型の4倍に達する。
055型の実用航続距離はおそらく6000マイル、11000kmに達する。エンジン構成と経済速力での推測航続距離7000マイルからの計算だ。作戦時の速力20ノット、36km/hに換算すると6000マイルだ。
これは052C/Dを圧倒する。実用航続距離は1600マイル、3000km程度しかない。額面上は4000~4500マイルだがディーゼル運転の数字だ。ガスタービンエンジンで20ノット出せば1600マイルまで短くなってしまう。*2
それにより何ができるようになるか?
中華航母との随伴が可能となる。空母は潜水艦警戒から戦時には常時20ノットを維持し、状況次第では25ノット以上も発揮する。その際にも055型は燃料切れを起こさず同行護衛できるのだ。
つまり、055型の登場は空母機動部隊の完成も意味するのである。
■ 汎用化:艦載ヘリの大型化
第2は汎用化だ。対潜戦ほかの能力向上も055型での進歩点である。従来の対空・対水上戦への偏向が是正されたのだ。
その象徴が搭載ヘリコプターの大型化だ。055型は艦載ヘリZ-18の2機搭載が可能となった。*3 これは13トン級の大型機である。
これも大進歩である。052系、054系は4トン級Z-9の1機搭載だった。さらには日米のSH/MH-60系よりも大きいのだ。
▲写真 民間型のAC313:艦載ヘリZ-18は14トン級の大型ヘリである。フランスのシュペル・エルロンを起源とし相当以前に国産化されたが艦載化は遅れた。雑誌『直昇機技術』の各記事からすればエンジン耐熱性や、ローターまわりで油漏れの問題があった様子である。 出典:中国航空工業集団有限公司のWEBページ「民用直昇機」より
それで何ができるようになるか?
まず対潜戦が充実する。ソナブイ搭載数、ディッピング・ソーナー出力、魚雷搭載数は増加した。解析機材の充実から音響の機内解析もおそらく可能だ。
ほかにも洋上哨戒やミサイル攻撃探知、救難能力も向上した。同様にレーダ、解析機材、航続距離・滞空時間の能力向上の結果だ。
対艦攻撃力も向上する。500kg以上の本格対艦ミサイルの搭載・攻撃も可能となる。
個艦側での能力向上も窺える。対潜戦ならエンジンのガスタービン化や船体大型化による機関室とソーナーの離隔だ。これはパッシブ対潜戦を有利にする。
もちろん完璧ではない。対潜戦でも055型とZ-18でも日米豪越の潜水艦に対抗できるかは怪しい。だが、以前に比べれば大進歩である。052系や054系ではいずれの能力もなおざりであった。
■ 対地攻撃と介入能力の獲得
第三が対地攻撃能力の獲得である。
055型は巡航ミサイル攻撃能力を獲得した。トマホーク相当の長剣10Aミサイルが発射可能であり、発射セル数の増加から常時一定数を搭載できるようになったためだ。
これも052系・054系では不可能であった。052C/Dは64セルである。対空ミサイルほかの搭載を考慮すれば搭載の余裕はない。054Aではそもそもセルに収容できなかった。
その装備は何を意味するか?
米軍に準じた第三世界への介入能力の獲得である。アジア・アフリカ諸国やテロ組織に対し必要に応じて巡航ミサイル攻撃が可能となった。
柔軟対応の実現でもある。紛争や事件により被害が生じた。それにともなう国民感情の激昂を宥めたい。だが軍隊の損害は避けたい。そのジレンマを解決できるのだ。
▲写真 演習でUSSショップから実射されるトマホーク:巡航ミサイル攻撃は介入と損害のジレンマを解決する。テロ等に対しては国民感情の激昂から反撃が要求されるが、介入は空爆であっても人的損害の可能性を伴いしかも手間がかかる。その点で巡航ミサイル攻撃は人員被害なしかつ手軽であり、国民感情を宥める良策となる。 出典:米海軍写真(撮影:William Collins III)
■ 055型が増えれば中国潜水艦は減る
以上が055型で注目すべき特徴である。従来はできなかった任務ができるようになった。その意義は特徴的な中華神盾や排水量の強化よりも大きい。
では、この055型は日米の脅威となるのだろうか?
全体を均せばさほどでもない。むしろ与しやすくなった。
まず055型は日米軍事力で対処可能である。多少厄介だが従来の攻撃手段で無力化できる。
そして、その高コストは日米にとって好都合である。コストは従来艦の二倍以上であり、なにより金食い虫の空母機動部隊の整備を促進する。つまり055型は中国海軍の規模を抑制する要素となる。また水上戦力強化を通じて厄介な潜水艦が減るかもしれないのだ。
その意味では南昌艦の就役はむしろ歓迎すべきだ。あるいは米国は中国に空母機動部隊のノウハウを教え、あわせて中華航母と航母艦載機の充実を勧めるべきである。
*1 杜哲元「中国海軍戦略演変中的作戦海区問題研究」2017年4号『太平洋学報』(中国太平洋学会,北京,2017年)pp.66-79
*2 文谷数重「1万トン超のミサイル艦『055型』」『軍事研究』2018年7月号(ジャパン・ミリタリ・レビュー,東京,2018)pp.206-217
*3 従来から中文メディアではZ-18ASW×2機説が主流である。本記事執筆時点、19年4月26日においてはそれを覆す発表はない。なお、Z-20(SH-60相当)2機の話もある。
トップ写真:055型駆逐艦イメージ 出典;星海艦事
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この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。